2013年正月。実家での母親の茶道具での茶の湯。

あけましておめでとうございます。今年も今までどおり、食わず嫌いにならずあらゆる分野に興味深く関心を持ち、広くアンテナを張って過ごしてゆきたいと思います。今年もよろしくお願いします。

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年賀状””写真。蓋置が干支になっているのに加えて、柄杓と蓋置の影で”琵琶”を表現したかったのですが、どうもうまくいかず。これでは瓢箪に見えますよね。瓢箪でも縁起が良いので良いかなと思いましたが、やはり蛇+琵琶にしたかったので、年賀状は巳だけの違う構図の写真にしました。

さて、年末に実家の長野に帰省致しました。ウクライナで既に極寒を経験しているからか、毎年新幹線を降りる時に感じる”つーんとする寒さ”を感じず。両親に言わせればこの2,3日暖かいと言っていましたが。

さて、母親は20代の頃に少し裏千家で稽古をしていた事があるとのことでした。通っている内にお腹が大きくなってきて(兄)、やめてしまったそうですが、将来また稽古を再開するということで、先生に頼んで茶道具一式を揃えたそうです。その茶道具を使って実家で薄茶を点ててみることにしました。そういえば大学で上京するまでの18年間床の間に風炉釜(当時は風炉という言葉も知りませんでしたが)が飾ってあって完全に風景と化していましたが、今回その風炉釜が40年ぶりに再稼働させました(つまり、結局母親は稽古を再開しなかった)

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さて、40年ぶりなので内部が埃っぽいのと、風炉の灰を少し減らすために外に持ってきていろいろ掃除。風炉に灰が入っていたってことは少し使ったのかな?と母親に質問するも、まったく記憶がないとのこと。そこらじゅう拭いて、釜の部分は何度も水で流して清掃。炭での風炉点前なんぞ、なかなか練習できないので良いきっかけとなりました。

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”炭”自体は、当時買ってあったものがそのまま残っており良質な炭が大量にありました。ガスコンロで火をつけて、炭を配置。何度か試行錯誤を繰り返すことで火力や加減などがわかってきました。そもそも、農家の出身なので昔から野焼や山焼で炭はよく扱ってきました。この綺麗な炭がなくなっても、実家には炭がたくさんあるので扱いなどは大丈夫そうです(東京でやるには少し考慮が必要ですが)。あと炭が定期的に火花を飛ばしますが、そのために風炉の前にガード(名前がわからん)があるのも経験的に分かりました。東京の自宅で使っている電気式の風炉釜も見た目をそろえるために前にガードがありますが、これも実際に炭を使って火花が四方八方に飛ぶのを見ると見方が変わりますね。

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先日のブログで紹介したように、風炉先屏風を東京の家で購入頂きましたが、実家には無いようで、写真のように奥に父親の碁盤が写ってしまっています(笑)。風炉先重要ですね。また長野県ですので、やはり畳は江戸間。いつもより狭くて少し感覚が違いました。

さて両親、兄夫婦、姉夫婦に下手な点前ではありますが、薄茶を点てました。あと兄夫婦の甥っ子たちにも。彼らは走り回っていましたが(笑)。やはり炭の風炉は見た目貫禄あって良いですね。火力のコントロールは止められないので難しいのですが、水差しで調整するなどだいぶ慣れてきました。それにしてもこの風炉釜が沸騰温度近くになったときに”鳴き”は本当に良い音です。水を差すとまたすっと収まるのも良い音ですし。

さて、建水が抹茶色なのは理由がありまして後述。

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新幹線で上田駅に帰ってきた時、迎えに来てくれた母親に”お菓子屋さんないの?お茶の前に食べる主菓子を買いたい”と聞いたところ、家にお菓子があるよとのこと。そこで出てきたのが写真の主菓子。見た目はちょいと悪いですが、実家でとれたサツマイモと小豆(あんこ)で作った母親手作りのお菓子。とても素敵でした。東京ではそれこそ一個数百円もする主菓子を御菓子司から買ったりするのが当たり前でしたが、こうやって実家の自家製でさっと出されると、東京の生活をちょっと考えてしまいますね。これには少し感動しました。母親からすれば(正月だし)あんこもいくらでもあるのに、お菓子位さっと・・という感覚の様でしたが、”わび茶”なりいろいろ歴史を調べているにも関わらず、なんでも買って揃えている感覚が少しずれているなと。

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今回の抹茶は、(記事の公開が遅れていますが)先日行ってきた京都の醍醐寺で買ってきた金粉入りの抹茶。醍醐寺ですから、秀吉がモーレツに豪華な茶会を開いた記録が残っています。それに合わせて、金粉入りの抹茶が売っていました。正月にはちょうど良いかなと思ってその抹茶で点てました。写真で金粉見えるかな?

さて、金粉はめでたいので良いのですが、どうもこの抹茶があまりおいしくない・・・・・。いろいろ抹茶の量や、別に買ってきた一保堂茶舗の抹茶と比べてもやはり味が劣る・・・。一連の点前の後にいろいろ試行錯誤して抹茶を捨てたりしていたので前の写真の建水が緑になっているのでした。結果的にはやはり観光地で売っていた抹茶で金箔のみが売りの抹茶という結論になりそうですが、その前に釜の白湯の味が良くない。姉夫婦が昼に実家に来て、私は待せまいと、ガスの瞬間湯沸かし器で中途半端に温めたお湯を釜で加熱したのですが、やはりお茶に限らず経験的に瞬間湯沸かし器のお湯ってまずいですよね。その白湯のまずさが直接お茶にも出てしまっていました。感覚的にはそう思っていたのですが、今回金粉の不味の抹茶で”おかしいなー”と思った為にいろいろ試行錯誤をして、この白湯の味にも気が付きました。やはり水を一気に釜で沸かしたほうが白湯の味が良いですね。プラセボかな?(笑)

そういえば、帛紗さばきで”ちりうち”をしたところ、母親も稽古でちりうちをしたとのこと。そして茶道具と伴に出てきた教則本に”表千家”と。というわけで母親も表千家でした(笑)勘違いしていたようですが、40年前ですからそんなものかなと。私は一緒に稽古に行っているお友達以外表千家の方を見たことがないので、珍しいなと。

まだまだお点前が下手すぎて話にならないのですが、家族に薄茶を点てられたのはとても良い経験とお稽古になりました。特に炭を扱えたのが大きかったですし、先述の自家製菓子や、白湯の味などいろいろ学ぶことは多く楽しい”茶の湯”の帰省になりました。茶杓作りに挑戦しようと実家の山の畑から竹を持って帰ろうとしましたが、細い竹しかなくどうも作れそうにありませんでした。またそれは別途考えます。あと、先日、記事を書いた上田紬の反物も見てきました(参考:地元の伝統工芸”上田紬”と”真田紐”)。男性の反物は数が少なかったのですが、女性物の反物はかわいいものが多く素敵でした。いずれ上田紬の着物もほしいなと(聞くと、東京よりも仕立て代が安いみたいですし)

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さて・・。正月なので、ウチの檀家のお寺さんと、近くの神社に初詣に行ってきました。

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お世話になっているお寺の観音堂。激傾斜の石の階段が右側に。昔、この階段上るの怖かったなぁと思い出しました。ちなみに観音堂は年々傾いているそうです。怖い・・・。

天気も良く、茶の湯も楽しみ、兄弟の甥っ子・姪っ子にも会えた良い正月となりました。

 

 

******* 2013/01/02 追記 *************

さて、1月2日の午後に上京予定だったのですが、早朝に朝ランニングして、出発までにまた薄茶を点てました。

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そもそも表千家のお点前は、薄茶を点てるのにこれ以上省略できないところまで最適化されている訳ですが、今回また一つ良い経験がありました。湯を茶碗に入れ、茶筅通しをする訳ですが、四〇年間使われていなかった茶筅だからでしょうか?、この三日の点前で茶筅の先の一本がポキッと割れました(茶筅通しの時に)。茶筅通しは、茶筅の先の痛みを確認する意味があるのですが、こうやって古い道具で実際に茶筅から先が折れるとこの茶筅通しを省略せずにお点前に残っている理由が分かりますね。茶碗に1cm程度の竹片が入ったのはわかったのですが、そのまま点前をしたところ、茶巾で茶碗を拭く時点で回収できました。これが抹茶に入ってしまったら客の口に入ってしまう可能性がありますものね(もちろん水屋で仕組む時点で確認する必要があるとは思いますが)。やはりいろいろな環境で点前をするといろいろ経験することができますね。

クリスマスプレゼントと茶湯のお稽古(第七回目)

X’masですね!今年は暦も良く、皆様は楽しまれているでしょうか?さて、今朝、何か布団が重たいなぁ・・と思って目を覚ますと、なんとウチにもサンタクロースからのプレゼントが。

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なんだか大きい段ボールが置いてありました。

段ボールを開けてみるとなんと欲しかった風炉先屏風が! しかもちゃんと京間サイズでした。さすがはサンタクロース。渋い物をプレゼントくださいました。フローリングの部屋の片隅に一畳だけ京間の置き畳をおいて茶湯の家稽古(の真似)をしているのですが、何せ回りに物があって雰囲気もへったくれもなし。風炉先があれば少し雰囲気が変わるかな・・と思っていたら、願いが通じました!これで置き畳の先にサーバーがあっても、ベッドがあっても点前中は見えないぞと思われ。

さて、早速風炉先を置いてみたところ・・・。

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とても良い感じになった!・・けど、風炉先の上の方がまさかの貫通でベッドのマットレスがしっかりと見えているんだけども・・・。
少し想像と違ってしまい、完全な点前畳の空間で仕切れませんでしたが・・・・・。でも利休梅の風炉先良い感じです。もう少し背の高い風炉先だとどうしても値が張るのでなかなか手が出せず(とサンタが言っていた)
とりあえず、安い道具達ですが、お風炉の組ができましたので、家でのお稽古(の真似)は捗りそうです。最近、家から帰ってきてまず釜に水を掛けるのが楽しみです。

ちなみに写真で分かるように右にも畳がないので妙喜庵の待庵よりも小間です・・・・。利休もびっくり。

さて、昨日は茶道のお稽古第七回目。時期的には炉の季節ですが、まだまだ始めたばかりなので風炉の薄茶の点前の通し稽古。いろいろな所を指摘されましたが、やはり家で記憶を頼りに稽古しているため変な癖がつき始めているのを指摘され、今後棚などに行く前に癖をつけないようにと細かい所作に関して、いろいろ教えて(修正して)もらいました。先生のご指摘はもちろん、お友達のお点前、今回は更にもう一人の方のお点前を拝見して、いろいろ学ぶことがありました。やはりお稽古に行くとまた記憶の再塗り出来て楽しいです。教えていただいた事を忘れないように、また変な癖をつけないようにしたいと思いました。

茶花のキササゲと、軸の意味も含め先生の床は今回も素敵でした。次回は年明けになりますが、来年のお稽古も楽しみです。

*先週末、お茶を訪ねに京都に一泊二日で行って参りました。その記事もどんどん書いております。

*** 追記 ***

逆側に風炉先を置いてみました。

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こちらはサーバーとプリンターが置いてあり、やはり上部が見えている・・(笑)
しかもこの配置だと右側が壁なので点てた茶碗を出すところがないという・・。
(写真をみて気が付いたんだけど、この水差しは塗蓋じゃないので、蓋の位置は水差し右手前ですかね?)

とりあえずいろいろ工夫してみようと思います。

地元の伝統工芸”上田紬”と”真田紐”

某ソーシャルサイトの企業ページで、”今週は上田紬を使ったコーディネート”というものをたまたま見かけました。その企業ページは、いろいろな着物の種類、コーディネートなどを紹介するもので、今週は実際に上田紬を作っている工房の方のご意見も含めた上で上田紬を使った着物を紹介するという内容でした。

以前ならこの内容でも見過ごしていたかもしれませんが、この数年着物を着るようになったのと、茶道を始めたことで目がとまりました。しかも地元である長野県上田市の伝統名産「上田紬」でした。そういえば18歳まで過ごしていた間に「上田紬」という単語は何度も耳にしたことがありました。その時の趣味・趣向で目に付くものは変化するわけですが、このたまたま良いタイミングで上田紬を見つけたので、少し調べ見ることにしました。

まず、実家の母親に電話してみたところ、

上田はそもそも紡績関係の会社も多く(現在は別業種に転換しているが)、日本で2つしかない”繊維学部”が、信州大学上田キャンパスにあるくらい元々紡績が盛んな街であったと。兄が勤めている会社も今は小型モーターなどの仕事をしているが元々は絹糸工業であったりと。そういえば、ウチの実家や母方の祖父・祖母の家でも昔、蚕を飼っていたことを思い出しました。山の畑は”桑”だらけで、その桑の切り株で足を怪我をして縫ったこともありますし(笑)。そんな紡績の街で、”上田紬”はもちろん有名らしく、母方の祖母ももちろん何着か上田紬の着物を持っていたとのこと。茶道の話を含めると、上田紬は物は良いけど、”紬”なのでやはり”格”の問題で茶会などには使えないのでは?あくまで普段・ちょっとした訪問着程度ではないかとのこと。(当たり前の事ですが)着物に格があることを思い出しました。茶道では、ちゃんとした席では格が最も高い袴である必要があります。それでも年末帰省時に地元の呉服屋に行ってみることにしました。いろいろ写真を見ると上田紬の風合いがとても綺麗だったので。

母方の祖母は、既に他界しておりますが、家庭科の先生でした。戦前生まれの家庭科の先生ですから、言ってみればこういった着物など布の扱いは特別と言えるほど器用で小さい頃に私が来ていた服、小物、帽子、バッグなど祖母の手作りの物が多かったことを思い出しました。近年着物を着るようになり、茶道を始めたことを母に話すと、祖母が元気だった頃にその話をしたらきっと凄く喜んだはずと言っていました。おそらく反物だけ持って行けば、仕立ててくれたでしょうし。父方も母方も両方の祖父・祖母にはとてもお世話になりましたが、父方の方は私が保育園の頃になくなってしまったので、色々と物心ついても思い出が多いのは母方の祖母・祖父です。祖父は中学校の理科の先生(なんと父親の担任)でしたので、よく勉強を教わった記憶がありますし、私が宇宙工学の道を目指すと聞いて喜んでくれていました。祖母に関しては泊まりにいっては、いろいろな躾をしてもらいましたし、面倒を見てもらった思い出がたくさんあります。私が和の道に入るのがもう少し早かったら、私に合わせて着物を仕立ててくれたのでは?と考えるとどうしても悔しくて仕方がありません。ばーちゃんが作ってくれた着物を着られるなんぞ、これほど嬉しいものはないなと。母親と話していて、いろいろ残念に思う一方、いろいろな祖母の記憶がよみがえり、そういえば器用なばーちゃんだったなぁと思い出してきました。着物や茶道を通して、上田紬の文字を見落とさず、それを通して、祖母をまた思い出せたのは良いきっかけになりました。

さて、上田紬を調べてみると、江戸時代前期からかなりの生産量だったようで、江戸や京都にまでその紬が行っていたようです。何せ紬は”普段着”ですから、ハレの日では無い限り大衆が普通に来ていたものであり、また江戸時代の「奢侈禁止令」(いわゆる贅沢禁止令)で絹は禁止になったりしたことから、紬の着物はかなり多く庶民に使われた様です。井原西鶴の「日本永代蔵」に上田紬の記述が残っているらしく、

「この手紬の碁盤縞は命知らずとて親仁(おやじ)の着たる」(一六八八年頃)

は?これ?という感じですが、この碁盤縞というのが上田紬の特徴らしく、”上田”の文字はなくともこの紬を指しているようで、命知らず=丈夫(やぶれない)という評価をもらっていたようです。紬といえば、鹿児島県奄美大島(+鹿児島市)の大島紬、茨城県結城市の結城紬が圧倒的ツートップに君臨しており、日本三大紬の三個目に、この上田紬か、新潟県塩沢町の塩沢紬か、石川県白山市の牛首紬のいずれかが入るようです(笑)。それぞれ三箇所とも三大紬と言えば自分の所と主張しており、省庁のお墨付きやら、重要文化財登録にするやら、ユネスコに申請するやらで、いろいろアピール合戦しているようです。別に地元の上田紬が三大に入るか否かはあまり興味がありませんが、wikipediaで上田紬のページがないので、少なくとも劣勢な様相です。そもそも長野県(信州)では明確に有名だった上田紬を、”信州紬”という名前で1975年に経産省で伝統的工芸品として認可されてしまったことにより知名度とアピール度が逆に下がってしまった感がありますね。これを上田紬にしておけば、江戸時代の生産量は確かなものだったようなのでもう少し結果は変わっていたかもしれません。

もともと絹糸を作る際にできる屑繭を集めて(つむいで)作ったのが紬ですから、当時の水仕事なり普段着に使っていたという紬の生成過程を踏まえ、紬の着物の格が低いのはしょうがないのかなと思いました。一方で洋服がこれだけ溢れた世の中では、紬であっても着物を着れば素敵な気分になる気がしますが、晴れの日・褻の日があるのが日本の伝統的な感覚ですから、悪い意味ではなく格が下の紬があるのは良いことだと思いました。善し悪しではなく、格の上下。実際、大島紬なんぞ絹糸で作っているようで、そもそも製法からして歴史的な紬とは様相が異なっているようですし、かなり高価なものの様ですが、紬という文化はこれからも残って欲しいですね。ネットで検索していると、先ほどの”贅沢禁止令”の中で絹が使えないという社会において、紬はその中でできる粋な着物であったと。いろいろ面白いですね。

上田紬を調べてみると、先ほどの上田紬の特徴である”碁盤縞”は、上田の戦国武将真田氏の”真田織”から来ていると。(文献をたどっていないので真偽はわからず)真田昌幸が上田に上田城を築城後、真田織という織物を始め、それが江戸時代になり、そのおこぼれからできる紬が上田紬になったという説があるようです。真田氏のお屋敷なんぞまさに実家から徒歩ですぐの距離にあり、小さい頃から真田氏最強伝説(地元びいき)を植え付けられて育ってきているわけですが(笑)、歴史を遡ると真田関連の織物から始まったことがわかりました。真田といえば、”真田紐”。これは私も着物を着始めた頃から和物集めで注目しており、上田駅にも売っているので、数本買って持っております。強い紐で有名で、大阪冬の陣・夏の陣でも強かった真田氏と掛けて”強い紐”で一躍有名になったと。上田紬から真田紐に繋がったので面白いなぁと思っていたところ、どうやら真田紐は京都にいろいろ工房があるようです。真田紐の発祥は真田氏というのはそれなりに定説のようですが、大阪冬・夏の陣以来、京都あたりでもその紐が伝わって工房ができたようです。その紐に注目したのが、なんと”千利休”。ただ、大阪の陣は利休が切腹するより後の時代なので、事前に真田紐が京都に伝わっていたのか、そもそも”真田紐”と今でこそ呼んでいる紐が既にあったのかなどは興味深いところ。

抹茶茶碗、棗(薄茶器)など茶道具は基本的に桐箱に入れられ、時の有力者(千家家元、大徳寺の和尚など)の銘が入って茶道具の格(+値段)が上がったりします。その桐箱をとじるのに使われる紐に真田紐を使うようにしたのが他ならぬ千利休とのこと。確かに家にある安い茶道具の桐箱にも紐があり、どこかで見たことあるようなと思っていましたが、まさか真田紐とはと驚いた次第です。まさに生まれ故郷の真田氏発祥の紐が、こうやって着物と茶道を通して繋がったのは不思議な縁と感じつつ、むしろそんな真田紐と茶道具の桐箱の関係なんぞ私が生まれる前から決まっていたことで、その関係を気づくようになったと考えるべきか。

上田紬をきっかけに、祖母との思い出、上田紬の歴史、真田紐に繋がって利休に繋がった興味深い探索でした。


四方右掛け・・・のつもり。ちゃんと出来ているかな?

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参考1)上田紬 伝統の技に歴史の風合いが息づく
参考2)千曲川の川風と蚕種製造
参考3)上田紬と真田紐
参考4:これはあくまで雑談程度に)紬はどうして普段着?
参考5)手織り 上田紬 小岩井紬工房

茶の湯のお稽古(六回目)

今日は、茶の湯のお稽古の第六回目でした。

前回のお稽古から約一ヶ月経っているので、教えて頂いたことの記憶の多くが飛んでおり心配でした。まだ始めたばかりということで、お点前が混乱するのを避けるために、時節的には炉の季節ですが、お風炉の薄茶のお点前を教えて頂きました。家でそれなりに練習を重ねて行きましたが、何せ記憶が曖昧でしたので、随時直して頂き、記憶を定着させて行きました。流れとしては大方覚えて来ましたが、細かい所作がとても雑であることが今回のお稽古で客観的に分かりました。私のお点前の時のご指摘もそうですし、一緒に通っているお友達の綺麗なお点前を見ると、いろいろ気づかされることがあって勉強になりますね。今日ご指摘頂いた点をちゃんと覚えておいて、次までには少しでも改善するように心がけたいです。あとは、流れるような所作ですね。今は緊張していてカクカクなので(笑)

普段、人工衛星の設計なり開発をしていると、意識して記憶するということが殆どありません。PCに向かって設計し、実際に衛星を組み立てる際にはクリーンルームにクリーンウェアの格好で作業をしています。その過程で記憶するということが殆どないのですよね。そういう意味でお点前を覚える(記録)するというのは、久しぶりの感覚です。一方でお点前は連続動作ですから、あまり記憶頼りにしていると動きがぎこちなくなってしまいます。やはり体で自然に出来るように練習あるのみですね。お点前が少しずつ早くなってきたのもありますが、正座もだいぶ慣れてきました。

さて、今日の先生の茶室の床は本当に素敵でした。先生のご自宅のお庭で咲いていた”紅葉の楓”と”ホトトギス”が茶花として飾られていました。真行草でいえば”草”の茶花でした。フラワーアレンジメントは少しレッスンに通っていましたが、この茶道の茶花というのはまた違った世界で、シンプルの中に凜とした美しさがあります。許可をもらって写真を撮らせて頂きましたが、先生の床ですのでブログには掲載せず。今日の綺麗な茶花を記憶の片隅に置いておきたいと思います。

一ヶ月ぶりでしたのでお点前以外のいろいろ質問したいことが溜まっていました。昨日、銀座のもとじさんに行って、お茶席では必須である袴についていろいろ教えてもらってきました(呉服屋からのご意見を)。流派・流儀があるとのことで、袴をつくる際に何か留意点がないかを先生と確認しました(高い物はとても買えませんが、それでも安くもないので変な物をつくらないように)。これで大方方向性が決まったので、今お仕立てに出している着物があがってきましたら、また少し時を置いて袴もお願いしようかなと思っています。

復習もしておかないと。

置き畳と京菓匠 鶴屋吉信の季節の生菓子

部屋で茶道のお点前を練習する際に、フローリング床にい草の上敷(いわゆるゴザみたいな薄いもの)を使っていました。しかし薄すぎてフローリングの上ですと正座が痛くて仕方がありませんでした。また直ぐに波打ってしまって、茶筅がその波で立たずに倒れてしまったり。何か良い方法がないか調べていたところ、フローリングの上にさっとおける”置き畳”というものを見つけました。今回注文したのはいろいろなカスタマイズにも対応していただける”琉球畳製作 琉球畳どっとこむ”さんにお願いしました。

参考:琉球畳製作 琉球畳どっとこむ 公式サイト

琉球畳どっとこむさんでは、い草の種類、畳のサイズ、厚み、内部にクッションを挟むなど実に細かくカスタマイズが可能です。今回は、京間(本間)の一畳、厚み15mm、引き目でお願いしました。


写真左下が部屋のフローリング。そこに2枚重ねの置き畳があることがわかります。

なぜ2枚重ねか?実は、私の注文が悪くて届いた畳の表面が”目積”(細かく目が詰まっているもの)でした。茶道のお点前では、一般的な”引き目”でないといろいろ不都合があるので、その旨をお店に相談したところ非常に丁寧に対応して頂きました。まぁ、詳細は避けますが、ご配慮頂き2枚重ねになっています(笑)

さて厚みですが、注文は15mmにしました。あぐらをかいたり、頻繁に置き畳を移動するなどの方はこの15mmで良いかと思いますが、茶道の場合はもうちょっと厚くても良いかなという印象でした。1枚目が届いた時に30mm位の厚さにオーダーすべきだったか・・と思ったので、今回の紆余曲折で結局2枚重ねで30mm。ちょうど柔らかさも良い感じです。とりあえず、洋室の一角に1畳だけ畳が来ましてとても良い感じです。隣にサーバーなどが動いていて、畳を一歩下りたら全く”和”でもないのですが・・・。

銀座三越のB2にお抹茶を買いに行きましたら、京菓匠 鶴屋吉信の季節の生菓子が少しだけ売っていました。いままで閉店間近に行くことが多かったのでいつも売り切れだったのですが、今日は何とか購入に成功。

参考:京菓匠 鶴屋吉信

右:”吉祥椿”(焼皮製 粒餡):六弁の椿。新しい年を迎える紅白のおめでたい椿の意匠。
左:”庭小槌”(こなし製 粒餡):雨の日、庭に実をつけた千両。千両を小槌(宝)にみたてて。

とても素敵です。季節の生菓子は、先日の笹屋さんもそうですが、見て楽しく、食べて美味しく、そして季節を感じて素敵な御菓子ですね。今まで浜離宮なり、六義園なりの茶室に行ってお抹茶と共に出されても速攻で食べてしまっていましたが、最近はいろいろ細部までみたりと楽しくなってきました。

さて椿。とても大切な花ですがやはり素敵ですね。


目的のお抹茶。今日は、一保堂茶舗の丹頂の昔(たんちょうのむかし)と縁の白(えにしのしろ)。両方とも表千家用(?)のお抹茶。一保堂茶舗のお抹茶の表千家用(?)のものは、九段階でさっぱり系からコクがある系に分類されています。先日購入した今昔(いまむかし)が比較的さっぱり系で、今回はそれに対して二段階ずつ”コクがある”お抹茶を選びました。また同時に点てて比較してみようと思います。

(それにしても写真が酷いですね。銘柄を記憶するという意味で、とりあえず写っていればいいやと)


置き畳が来たことで、写真を撮るのがとても”楽”になりました。今まで波立って(シワが寄って)、い草の目がヘロヘロになっちゃっていたのですが、置き畳にしてスッキリ。部屋の面積的にこの一枚(一畳)しかおけませんが、畳がある空間はとても良い感じです。

それにしても今日は寒いですね。ご体調お気を付けください。

根津の御菓子司”笹屋”の生菓子と”しぶや黒田陶苑”で田中佐次郎展

先日の茶道の稽古で、”根津にある`笹屋`さんの御菓子が美味しいよ”と先生にお勧め頂きました。ちょうど大学で会議があったので、その帰りに根津駅近くの御菓子司”笹屋”さんに寄ってみました。

公式サイト:文京区根津の和菓子屋の笹屋菓子舗。

サイトがとても素敵なので是非ご覧ください。


(iPhone 4sなので写りが悪いですが)

若奥様に対応して頂き、先生の名前を出しましたらもちろんご存じでした。本来は事前に必要数・御菓子の要求を注文をしておくものみたいですね。とりあえず、売っていた季節の生菓子を2つ買ってきました。

落ち葉ですな。なんて素敵。まさかあれだけ甘い物が苦手だったのに、和菓子を買ってきて、(三脚を使って写真を撮り)、お抹茶で頂く生活をするとは思いませんでした。最近、このような和菓子が美味しくてたまりません。もちろんお抹茶があることが前提ですが。それにしても綺麗ですね。

家に持ち帰ってきて、家での薄茶のお点前練習の際に美味しく頂きました。11月はお稽古が一度しかなかったので、もう殆ど記憶が薄れてしまいました。今週末はお稽古なのでまた正してもらわないと。

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さて話は変わり先日のお話。お知り合いに誘われて渋谷にある黒田陶苑さんで現在行っていた田中佐次郎先生の展示会に行って参りました。

参考:唐津山瀬 田中佐次郎展 今週の展示会 – 黒田陶苑 (2012/11/23~27 *もう終わってしまいました)

”一楽二萩三唐津”。茶の湯の世界で、茶人達に愛されてきた茶陶の表現です。京都の楽焼、山口の萩焼、北九州の唐津焼。そんな唐津の素敵な陶器を見られるということで、楽しみに行って参りました。

正直見てもよく分からなかったのですが、田中先生が直接いろいろ解説して下さいまして、その奥深さや難しさや苦労を感じ取ることができました。やはり試行錯誤の繰り返しで、失敗を重ねて良い物ができるとのこと。我々衛星開発と一緒ですね。失敗は時間の無駄の様ですが、実は1つの選択肢を消去しているわけで、それは前進だと思っています。田中先生もむしろ滅茶苦茶な試行やったときこそ新しい物ができあがるとのことでした。あらゆるところから土を集め(その数、現在で700種類を越えるとのこと)、窯を巧みに起こして、”面白く”焼き上げて行くと。

抹茶茶碗に興味があって足を運びましたが、他にもぐい吞み、徳利など実に色が綺麗で、実力のある唐津焼の素晴らしさが(素人ながらに)分かりました。唐津の中でも山瀬という山奥に窯をお持ちとのことですが、いつか訪れてみたいです。


しぶや黒田陶苑サイトから(勝手に)引用。田中佐次郎先生 ”極光茶碗 ”

この極光茶碗は素晴らしかったのですが凄い高価な値段がついていました。しかも売却済みでした。なんと、この展示会に誘ってくれたお知り合いの同僚さんが購入されたとのこと。うーん、凄い・・。もちろん手が届く値段ではありませんが、良いものを見るといろいろ発見がありますね。

 

五島美術館とお抹茶と茶菓子と。

茶道・茶の湯に関わる都内の美術館といえば、東京急行電鉄(東急)創業者の五島慶太の個人コレクションを元に作った五島美術館です。”です”とか断言しておりますが私も最近知ったのですが。

公式サイト:五島美術館 (ごとうびじゅつかん)

楽家初代長次郎の楽茶碗(と言われている)も所蔵しているということで、是非行きたいと思っておりました。ちなみに五島氏は私の実家(長野県上田市)の隣の青木村出身らしく、昔から東急といえば、何となく身近に感じていたような。まさか茶道具を通して五島美術館に訪れることになるとは。東急上野毛駅から徒歩5分なのですが、なにせ私の地元出身の親友の家から同じく徒歩5分。何度も通っていた場所なのに興味がなければ通過してしまうのですから、人生は常にアンテナを貼っていなければ機会損失ですね。茶道に限らず、いろいろなものに興味を持ってこれからも生きてゆきたいです。あっというまに終わってしまうのでね。


(撮影ミスです)TS-E 24mm F3.5L IIのシフト・チルトレンズで行ったのですが、レンズがチルトしていたようです。五島美術館の文字が少しぼけているのはその為です。


さて、長次郎の楽茶碗を見られるのかと、早歩きで入場。(1000円)

結果として、全くお茶の道具は見られませんでした・・・・。どうも五島さんの個人コレクションはあまりに数が多いのと、最近までこの美術館は改築していたとのことで、そのコレクションを時代別に分けて展示しているとのことでした。茶の湯が利休によって大成を迎えた安土桃山時代ではなく、その前の鎌倉・室町時代の展示展であり、掛け軸や書が中心の展示内容でした。国宝の紫式部日記絵巻など、貴重な展示物はたくさんあったのでもちろん素晴らしかったのですが残念です!

(現在の展示):時代の美 第2部 鎌倉・室町編 (2012年11月23日(金)―12月24日(月))

つまり次回の2013年1月5日からの第3部 桃山・江戸編 で茶道具が一気に展示されるとのこと。というわけで年明けにもう一度行こうかと思います。

それにしてもこの五島美術館の近所のセレブな住宅っぷりが素敵でした。素敵なお屋敷ばかり。

 

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さて、帰りには銀座の三越B2に行き、その日の夕飯の食材と、お抹茶と和菓子コーナーへ。


お抹茶は2週間前に2種買いましたが、7割程度終わっていたので、今度は茶舗を替えた抹茶を買ってみました。
宇治の茶舗”松北園”の”口切り抹茶”。

”口切り”とは、5月中旬頃に摘み取られた葉茶を茶壺に詰め、蓋を封紙で留めて保管するそうです。そうすることで味が良くなるとのこと。だいたい半年経った今の時期にその茶壺の口の封を切って開けた抹茶が”口切り抹茶”ということです。普通の抹茶に比べるとちょいと高めですが、味は絶対に自信があると説明を受けました。とうことで、これを選択しました。

さて、茶菓子は、裏千家で長年茶道をやっているお友達に”たねや”の和菓子は何でもおいしいよ!と教えて頂き、さっそくたねやさんに。

今回は、たねやさんの代表的なお菓子である”栗月下(くりげっか)”の一番小さいサイズを。立てて写真を撮ろうとしたけど立たないので横にして。
包み紙も素敵ですね。フォトジェニックです!

(い草の上敷が、ただの敷物なので写真の様に波打ってしまい大変です)

 

(黒文字要らないですが)栗月下とはこんな感じのお菓子。昔食べたこともある気がしますが、ザ・定番なんでしょうね。きっと。
とても美味しかったです。お抹茶の前に頂くと、和菓子は本当に美味しいです。

 


とりあえず、家での(合っているかわからない(笑))薄茶の点前自己練習で”口切り抹茶”と”栗月下”を頂きました。

お菓子もお抹茶も私のようなテキトーな点前でも十分に美味しく。せっかくなので、前回購入した一保堂茶舗の”月影”と”今昔”を3つの茶碗に同時に点てて飲み比べてみました。なかなか面白いですね。抹茶の違いはもちろん、茶碗に対して思わぬ発見がありとても興味深く。その発見はまた書きたいと思いますが、家で(あっているか分かりませんが)いろいろやってみると、発見があって実に面白いです。

抹茶を飲み過ぎましたが、眠気に全然関係のないタイプなので夜はぐっすり。最近、寝る前にお抹茶を頂くのが楽しみになりました。

花器と茶道具いとうや商店

最近何度か通っている茶道具と花器を扱っている”いとうや商店”さん。

お店の公式サイト:http://www.f4.dion.ne.jp/~ito-ya/
お店の楽天でのサイト:http://www.rakuten.co.jp/ito-ya1108/

大正3年創業の歴史のある茶道具を扱う専門店ですが、ご主人の伊藤さんが私の様なド素人にも懇切丁寧に解説してくれます。私としては家で薄茶のお点前の練習をするための最低限の茶道具を安価にと考えて足を運んだ訳ですが、そんな冷やかしの客にも丁寧に解説してくれるためとても勉強になります。


(勝手に撮影しちゃって大丈夫かな・・。なので小さめの写真で)

お店の中には、茶碗から始まってあらゆるお茶の道具が揃っていてとても楽しいです。茶道の先生のご自宅でお稽古を受けておりますが、その時節にあった道具をさらっと用意して、それを使わせて頂いています。床から始まって、茶花、茶碗、お菓子と解説を頂き、毎度勉強になっておりますが、茶道具のお店で、多くの道具を比較して見るのもとても勉強になります。いやらしい話で言えば、値段の差を同時に比較して見られるので、ああ、このあたりで手を抜いていて安いのねとか分かっちゃうので面白いものです。

お店としてはあらゆるお客さんに対応するため、同じ道具でもピンからキリまで揃えてあります。ご主人と話していて、たとえば500円高くなっちゃうけど、最低限これを使った方が家での稽古でも使いやすいなどいろいろアドヴァイスをもらったりしています。上を見ればとても手を出せるものではありませんが、こうやって道具の”コダワリ”を見るのは、どんな分野(趣味)でも楽しいところですね。利休は最後に高価なものではなく、あくまで草の物を好んだようなので、その辺りも興味深いところです。

ここに書いてしまって良いかわかりませんが、いとうやさんは今月20日より半年に一度のセールをやっています。この3連休ももちろんやっていて、いろいろお得だったりしますので、もしご興味があれば足を運んでみてはいかがでしょうか?

ところで、茶道具といえば、東京の茶道具やさんたちは関専会(関東花器茶器専門店会)というのを形成しているようです。
いとうやさんのページに、関専会のリストがありますが、都内はけっこうお店がありますね。散歩がてらいろいろ行ってみようかな。
関専会(関東花器茶器専門店会)加盟店 @ いとうや商店のページ

 

 

長崎カステラ本家”福砂屋”のカステラと薄茶。

お友達の長崎旅行のお土産に長崎カステラ本家 “福砂屋” のカステラを頂きました。創業寛永元年(1624年)の歴史あるカステラ。

せっかくですので、家での薄茶のお点前の練習前に頂きました。お茶菓子として。フクサつながりで。

日本橋文明堂(文明堂東京)の浦和工場がちょうど家から50km地点にあり、自転車で往復100kmとほどよい距離から、定期的に文明堂の工場窯出しカステラを食べています。しかし、 福砂屋の元祖カステラとは全然ちがいますね。正直、福砂屋のカステラの方が甘さの芯が強く、単純に言って美味しいと思いました。もちろん味のアプローチが違うだけで、好みの問題だと思いますが、何か懐かしいカステラの味が福砂屋で、妙に上品なカステラが文明堂の印象。とても美味しく頂きました。

部屋の片隅に本間(京間)一畳の上敷きを敷いてお点前の練習をしておりますが、なにせこの薄い上敷きの下はフローリング。正座が痛くて仕方がありません。いわゆる超時間の正座が痛いのではなく物理的に堅くて痛いです。なんとかせねば。


(ものすごい微妙な写真ですが・・影が・・・)

あとは、写真でも分かるようにただの敷物ですからシワが寄ってしまい波打っちゃうのが残念ですね。茶筅を置くとその波で倒れちゃったり。

今月はお稽古が一回しかないので、次回までに忘れてしまいそうで心配です。

家での薄茶のお点前稽古と和菓子とお抹茶と。

住んでいるマンションには和室がありません。少し前の私であったらマンション選びに洋室しか選択肢に入りませんでしたが、今は和室があれば良いなぁと思います。 しばらくは無理ですので、とりあえず”い草”の上敷きの京間(本間)一畳を買って部屋の片隅にお茶のお点前の空間を作りました。京間サイズなので、3尺1寸5分×6尺3寸(955mm×1910mm)です。関東の一畳よりもちょいと大きめです。はやく尺・寸・分の”感覚”を身につけなければなりません。

先生には、薄茶の基本的な一点前を教えて頂きましたが、まだまだ記憶が曖昧で、家でのお稽古といっても”あっているか”分かりません(笑) それでも教えて頂いた記憶をたどりながら少しでも真似をしてみようかと。上敷きとはいえ、本物の”い草”ですし香りもして良い気分になります。今まで最先端ディジタルデバイスを揃えていた部屋でしたが、一角に和が入ってくると雰囲気が変わりました。そして、どんどんディジタル家電が滑稽な物に見えてきました。

何せ本物の畳ではなく、上敷きの言ってみればマットですので、しわが寄ったりと写真を撮るのも大変です(笑) あんまり良い写真ではないので、次回からもっと気合いを入れます。お茶の世界は写真禁制ですが、家での稽古時はたまに写真を撮ろうかと。写真を撮って拡大してみると、また気が付くことが多いことが分かりました。

さて、今日は銀座三越に行った際に、B2の和菓子コーナーに行ってみました。今まで無縁の和菓子の世界、完全にスルーしていたコーナーでしたが今は興味津々。まずは”とらや”さんに行って羊羹から始まっていろいろお菓子について解説頂きました。先生のお稽古時にはいつも生菓子・干菓子が用意されているのですが、どういうところで買ってきているのかな?とか疑問があったので、三越の和菓子メーカーが揃っているこのフロアはいろいろ勉強になりました。

今日は、家での稽古のくせに和菓子をちゃんと買ってきました。菓子鉢なんぞもっていませんので、銀座の和小物屋で見つけたお皿と黒文字で。なんか先生の所にあった黒文字よりもでかいんだけど・・・。
今日のお菓子は、とらやの”あん焼 こがねぎく抹茶餡(まっちゃあん)”です。なかなか美味しいお菓子でした。がっつり食べて口を甘くしてから、見よう見まねのお点前開始。記憶が飛んでいて・・散々ですが・・。

さて、”とらや”の近くに茶舗もありましたので、お抹茶も買ってみました。 一保堂茶舗の”月影”という今の季節限定の物と、それと対照的にさっぱり系の”今昔”(いまむかし)というのを店員さんと相談して決定。こういうお抹茶選びも楽しいですね。レピシア、マリアージュフレールでリーフを探していた頃を思い出します。マリアージュフレールといえば、そろそろ限定Noelが出る頃ですね。

(写真を撮り忘れ一口頂いてからの写真なんだけど(笑))

最近はお茶に関することを調べるのが楽しくて仕方がありません。しかし基本的なお点前もまともではない今、知識だけ頭でっかちになるのは、利休の・・(と書くのはやめましょう。まだまだですので)。とにかくまずは基本のお点前をしっかりと。