2010.06.24に、Appleは最新のiPhone4を発売開始します。A4と呼ばれるCPU(MPU)、2つのカメラ、ジャイロ、磁気コンパス、加速度センサなど、人工衛星に必要な機能の多くを有しています。このエントリーでは、iPhone4を搭載コンピューターとした人工衛星が実現するか(むしろ、実現するための)設計フローを紹介します。大変長文のエントリーとなりますが、この仮想iPhone衛星を通して、人工衛星設計・開発がどんな感じでできあがっていくのか、その片鱗を伝えられれば幸いです。専門用語は極力解説しながら使いますので、根気よくお読み頂ければ、文系の方でも問題なく理解できると思われます。
◆iPhone搭載人工衛星: iSat4 ”超雑な”概念設計◆
その0) 衛星のミッションをまず考える。
まず、”iPhone4を搭載した衛星”というのは、あまり良くありません。人工衛星は宇宙で(軌道上で)行うべきミッションがまずあり、そのミッションを実現する人工衛星を作らなければなりません。その為、iPhone4を搭載するというのは衛星を作る手段であり、目的とは言えません。宇宙開発は長い間国家(税金)下にあったため、この一番重要な”ミッション決め”のフェーズが極めて弱く、曖昧です。まず、ミッションを考えてみましょう。この部分は、エンジニアリングというよりは、ビジネスの話であり、マーケティング・コンサルファームなどの分野に居る人は特に力を発揮できる部分です。今後増えていきますので、その方面の方、準備をしておいてください(笑)
国の衛星はとりあえずおいといて、民間での宇宙開発では、儲からないミッションは成立しません。衛星を使って誰がうれしいのか?誰が金を出すのか?衛星開発費は?打ち上げ費は?打ち上げ失敗のリスクは?衛星ビジネスにはスリリングな要素が一杯です。
さて、今回のiSat4のミッションを、以下の仮ミッションとして掲げてみましょう。
ミッション例: 毎年起こる米国西海岸の山火事(被害額=10億ドル越え)を、衛星写真を使って常に監視し、火種の段階で早期発見し被害の軽減を目指す。
誰が金を出すのか?: いつも山火事が近くで起こってビクビクしているハリウッドセレブ達、カリフォルニア州より集める。山火事になり数十億ドルの損害を事前に最小限に抑えられる旨をプレゼンする。
ミッション持続性:定期的に山火事が自然発生するなら、その発生頻度を考慮の上、持続可能。一方ですべて放火である場合は持続できない可能性がある。
ミッションの実現性の検討事項
・衛星から山火事の火種が識別できるか?その波長帯は?可視域なのか赤外線なのか?また雲の影響なども考慮する。
・そもそも衛星を数億円で開発、運用費を考えたときに、ヘリコプターを定期的に飛ばすのとどちらが経済的か?また、UAVなどの無人飛行機はどうか?
・常に西海岸を観測するためには、GPS衛星のような複数衛星を配置しなければならない。衛星複数機になる場合の開発費、また打ち上げ費はどうなるか?
など。
ざっと、ミッションについて書きましたが、日本の宇宙開発において、”代々極めて弱かった”衛星のミッション検討は、本当に時間をかけてやる必要があります。私が今ベンチャーで開発しているのは、民間の会社だけでやっているので、そもそもこの部分がペイできなければGOが出ていません。国の宇宙開発は税金であるため、つい、”あまり役に立たないミッション”でもGOしてしまい、打ち上げてから利用方法を公募するなど残念な事が多いです。衛星開発の非常に重要な観点ですので、ここは敢えて書いておきます。
今回は、このミッションに技術的な課題がクリアでき、それにより出資者もあつまり、運用後十分にペイできると仮定して話を進めます。火種の検出に関しては、(都合良く)可視波長で、地上分解能150mで監視すれば良いと仮定します(まったく根拠はなく、後半の検討を扱いやすくするために150mと設定)。また、今回の記事のテーマになっているiPhone4で実現することも目標とします(実際には、お客さんがついたら失敗が許されないので、iPhone4の搭載は見送ることになるとは思います。リスクが大きいので)
◆以下、衛星の各要素(系=サブシステム)毎に分けて検討を進めていきます◆
その1) ミッション系を検討する。
今回、山火事の火種が可視域(=簡単にいうと人間が目で見える波長帯)で150mの分解能で監視すれば見つけられることになっているので、iPhone4の背面カメラ(画角約45度くらい?画素数500万画素:画素配置も2200×2200ピクセルと正方形と仮定する)で撮影することにします。その場合、軌道高度(地上からの衛星の軌道高度)に対する、”理想的な”地上分解能(m)(1ピクセルあたり地上で何mくらい映っているの概算)は、下の表の様になります。iPhone4の画角がわからないので、仮に45度とした場合、軌道高度は、約400km以下に打ち上げないといけないようです。画角と画素が決まっているわけですから、地上から近い方が解像度が高いのは直感的にわかりますね。国際宇宙ステーションが350~400kmを飛んでいますので、実際問題としてこの高度に入れるのは、(ぶつかることは極めて希ですが)結構毛嫌いされます。なので、300km位に上げれば良いのですが、逆に300kmは低すぎてなかなかその位の軌道に投入してくれるロケットも現状少ないです。ベンチャーのロケット会社など(国内でも始まってきていますが)は、今軌道高度を上げるのに努力されているでしょうから、逆に良いかもしれませんね。
ちなみに軌道が低い(300km程度)のメリット・デメリットは、
・メリット:地上分解能があがる。(後述する)宇宙放射線が少ない。
・デメリット:衛星可視時間(地上のある1地点から見た衛星の見えている=上空を飛んでいる時間=通信ができる時間)が短くなる。
以上により、300kmの軌道高度で、iPhone4のカメラを使えば、可視波長で107mの地上分解のですから、山火事の火種を1ピクセル単位で観測できそうです。と書きましたが、本当はこのあたりはとても大変です。上記表の地上分解能は理想的な数値であり、実際にはiPhone4のカメラについているレンズの収差・イメージセンサのS/N比、量子効率など多くの面で表のような分解能はでません。言ってしまえばもっとぼけてはっきりしない映像となるはずです。近年、デジカメの性能指標に画素数がありますが、携帯の1000万画素と、大型デジタル一眼レフの1000万画素では全く画質が違いますよね。それはレンズ・イメージャーの性能が違うからです。上記表はiPhone4のそれが、理想的に高性能だと仮定した場合の結果ですから、実際には厳しいと思われます。
とはいえ、とりあえず、iPhone4の外側カメラで軌道高度300kmに打ち上げれば、山火事の火種を画像で確認できることとします。
その2) 姿勢決定・制御系を検討する。
さあ、iPhone4で”カリフォルニアの森”の写真を撮ればミッション成功という目処が立ったわけですから衛星の実現は簡単と思われますが、これからが大変です。
上の”カリフォルニアの森の”というのが難しいのです。地球のまわりをぐるぐる回っている人工衛星が自律的に、”カリフォルニアの森”の写真を撮るには、
2-A)自分がどの方向を向いているかを知る必要がある: 姿勢決定系
2-B)カメラのレンズをカリフォルニアの森に向ける必要がある: 姿勢制御系
人工衛星の設計・開発の中でこの姿勢決定・制御系というのは大変難しく、物理的な物の開発と共に、その計算アルゴリズムなどとても大変です。いわゆる宇宙工学の醍醐味とも言えるところで、多くのノウハウがあります。つまり、自分が宇宙空間(軌道上)でどっちに向いているかわからなければ、カリフォルニアの森がどっちか分からないし、また自由にカメラの方向を変えられるようにしておかなければ、カリフォルニアの森は撮影できないってことです。カメラだけ積んでいても衛星としてはミッションができないってことですね。
2-A)姿勢決定系:
iSat4に搭載できるかは抜きにして、一般的な衛星に搭載している姿勢決定センサは、
●スタートラッカ-:星(恒星)の写真を撮って、衛星の姿勢決定する:昔の大航海時代に星を見て大海原を航海していたのと同じ原理ですね。星は地上と同じように軌道上でも見えますので、その撮影した星画像を画像処理することで極めて精度の高い姿勢決定が可能です。
●太陽センサ-:太陽光の入射方向を検出して、衛星の姿勢を決定する:言ってみれば、地上で太陽が一番高い位置に上がったのが南の方向みたいな感じで、太陽方向から自分の姿勢を検出する方法です。スタートラッカーよりも決定精度は落ちます。
●磁気センサ-:地球の磁気(地磁気)を計測して、衛星の姿勢を決定する:言ってみれば、方位磁針ですね。赤い針が指した方向が北みたいな感じで、自分の姿勢を決定する方法です。スタートラッカーよりも決定精度は落ちます。
●地球センサー:地球の縁?枠?を検出し、衛星の姿勢を決定する:これは最近あまり使わないかもしれません。地球の”ヘリ”をとって姿勢を決定するのですが、精度が悪いのと、完全に姿勢が決まらないなどいろいろ問題があります。
●ジャイロセンサー:いろいろな方式がありますが、衛星の姿勢角速度(どのくらいの速度で回っているか)を検出するセンサです。PS3のコントローラ、Wiiリモコンなどで既におなじみですね。衛星にも必ず搭載しています。上記4つのセンサと違うことは、”相対角”センサということです。上記4つは、宇宙空間で絶対的に自分の姿勢が(ある程度)決定できるのに対して、ジャイロは、どのくらいで回っているという情報しか分からないので、上記4つのセンサでまず絶対角を決定してから、細かい差分の動きをジャイロで補完するような使い方をします。iPhone4には搭載済みなので使えそうですね。
●加速度センサ:iPhone4に搭載されているので敢えて書いていますが、衛星には加速度センサはあまり使いません。衛星がモーレツに回転した場合、衛星に加速度が掛かるのでそれを検出するには使えますが、その用途ですとジャイロの方がよっぽど精度が良いので、一般的には使いません。とはいえ、地上ではかならず地球の重力1Gが掛かっているのが、宇宙では0G付近になりますので、”ああ、宇宙に行ったのね”を確認するには良いかもしれません。
他にもいろいろありますが、このあたりが一般的です。スタートラッカーは私の衛星ベンチャーでも開発しており、かなり開発が難しいです。今回のiSat4では、そこまで姿勢を正確に決定する必要がないのと、電力などの関係で採用を見送ります。
以上を踏まえ、iSat4では、太陽センサと、iPhone4搭載の磁気センサー(いわゆるデジタルコンパス)を使って絶対姿勢決定をし、iPhone4搭載のジャイロでより細かい姿勢運動を導き、iPhone4搭載の加速度センサで宇宙に行ったかを確認します。はっきりいって、デジタルコンパス、ジャイロ、加速度センサがどこまで使えるかわかりませんが、ゴニョゴニョやって、なんとか姿勢決定できると仮定します。搭載する各センサ情報から衛星がどの方向を向いているか計算する姿勢決定アルゴリズムは、カルマンフィルタなどを使ったシミュレーションを重ね、iPhone4アプリとして実装します。かなり重い計算ですが、iPhone4搭載のA4ならがんばってくれるでしょう(と仮定)。iSat4は常に各センサから情報を取り出し、姿勢決定アルゴリズムアプリを計算し続け、衛星がどの方向を向いているか計算します。
2-B)姿勢制御系:
さて、何とか姿勢決定ができたところで、今度は、カリフォルニア上空を通過時に、カリフォルニアの森の方向へカメラのレンズを向けなければなりません。
一般的な衛星に搭載されている姿勢制御アクチュエータは、
●姿勢制御スラスタ:これは質量物質を宇宙空間に放出することで、反作用を受け姿勢を制御(変える)というものです。口に水を含み、ブーと吹き出しているような感じですね。大型衛星などでは良く使いますが、タンクに燃料が必要であるのと、量も有限であることなどから、小型衛星ではほとんど使いません。
●CMG(コントロールモーメンタムジャイロ):これは回転している物体(コマみたいなもの)自体を傾けることによって衛星の姿勢を変えるものです。まさに地球コマを回した状態で手にもって手首を回すと変な力をコマから受けると思います。その力で衛星の姿勢を変える方法ですね。これはモーレツな力(トルク)を発生させるために、大型の衛星などで使われはじめています。国際宇宙ステーションも超でかいCMGを積んで、定期的に交換しています。
●リアクションホイール:CMGとはちがい、コマを回転したり、留めたりして、その軸周りに力を発生させる方法です。オフィスにあるような回転椅子に足を付けずに座って、体を思いっきりひねって姿勢を変えるようなイメージです(ちょっと違うけど・・・・あくまでイメージ)。リアクションホイールは姿勢制御の代名詞として良く使われます。先日、大往生したはやぶさも、某国製のリアクションホイールが片っ端から壊れ苦労しましたね。とはいえ、リアクションホイールを作るのはとっても難しいです。真空でメンテナンスフリーで何年も回り続けるモーターって相当作るのが大変です。リアクションホイールだけではなく、宇宙開発の難しいのは、修理ができない状況で年々も壊れないという物作りの難しさと言えます。車だって車検でおかしいところを修理できますよね。それが出来ずにノンストップで動作させる・・。これは結構難しいことなんですよ。
●磁気トルカ:これはとっても原理がわかりやすいです。いわゆるコイルなどを巻いた電磁石を衛星に積んでおいて、地球の磁場(地磁気)に対して、適切に電磁石で磁界を発生すれば、その電磁力で衛星の姿勢が変わるというものです。小型衛星でよく使います。
さて、ここでiSat4の簡易的な小型衛星では、電力などの面や、また姿勢制御にそれほど精度が要らないことから、磁気トルカを姿勢制御アクチュエータとして採用することにします。具体的には、電線をぐるぐる巻いたコイルを3方向(X,Y,Z)の3軸方向に配置して、どの方向にも磁界が発生できるようにします。地球の磁場は既知ですので、その磁場に上手く干渉するように発生することで、衛星の姿勢を変えられます。
さらに、衛星の自分の位置を知る機能が必要です。地上と同様にGPS受信機を載せれば良いのですが、宇宙で使えるGPS受信機は結構高価です。iPhone4にもGPS受信機は載っているのですが、おそらくそのままでは使えません。理由はわかりますでしょうか?iSat4は人工衛星ですので、自身が時速28000キロというスピードで地球を回ります。つまり、GPS衛星との相対速度が大きく、ドップラーシフトが起こり、GPS信号が周波数ずれで受信できないのです。救急車の音が近づいてくるのと遠くなっていくので違うのと同じ原理ですね。地上で使うGPSは、地上で基本止まっている(車の速度くらいは誤差なので無視できる)のを基本に設計していますが、時速28000キロで飛んでいる衛星では、GPS受信機側でかなり周波数を調整してあげないと信号を受けられないわけですね。iPhone4のGPS受信機をハッキングするのはおそらく難しいので、今回は違う方法を採用します。地上で、衛星の飛んでいる軌道情報というのが米国空軍(NORAD)から得られるので、その情報をiSat4に定期的に教えてあげて、iSat4のアプリで衛星位置を自分で計算することにします。iPhone4搭載のA4プロセッサなら、軌道計算くらい簡単に回ってしまうのではないかと思います(昔はこの計算をする計算機が建物1つくらいあったんですけどね)。というわけで、衛星の絶対位置は、やや誤差は生まれますが、地上からの定期的な軌道情報と内部アプリ軌道計算で決定できるものとします。
まとめると、衛星の絶対位置が計算できるので、カリフォルニア上空というのがわかります。姿勢決定制御系で、自分がどっちの方向を向いているか分かります(同時にカリフォルニアの森がどちらにあるかも分かります)。姿勢制御系(磁気トルカ)で、上手く磁界を発生させて、衛星の方向を変えて、カメラをカリフォルニアの森に向けます。そこでシャッターを切れば、山火事の火種を監視できます。イメージ沸いてきたでしょうか?
その3) 電源系を検討する。
iPhone4の地上での利用では、電池が切れたらUSB経由で充電すれば良いですが、宇宙(軌道上)では、電力を得るのが大変です。ご存じの通り太陽電池セルを衛星表面に貼り付けて、そこから充電することになります。つまり電源系とは、
●太陽電池セル
●二次電池(充電出来る電池):リチウムイオン二次電池
●太陽電池セル制御回路
●二次電池充電制御回路
などから構成されます。この内、リチウムイオン二次電池と充電制御回路はiPhone搭載のものを使うものとします(一方で、USB充電ですので、5V供給ですよね・・。おそらく本当にiPhone4を使うのであれば、充電制御回路は使えないかもしれません。太陽電池セルとの関係で、少し無駄が出てしまう可能性があるからです。まぁ、ここは使えることにしてしまいます)。太陽電池セルとセル制御回路は新たに作らなければなりません。この辺は私も得意な場所なのですが、衛星作りの面白い所です(笑)
軌道300kmの衛星ですと、約100分程度で地球を1周しますので、1日に約15回地球を回ることになります。地球を回る際に、太陽光が当たる日照状態(daylight)と、地球の陰になって太陽光が届かない食状態(eclipse)を繰り返します。日照時に電池を充電して、食時は、その充電した分のバッテリー電力だけで動作しなければなりません。軌道には様々な種類があるのですが、今回はカリフォルニアを通るということで、比較的高緯度を通るということで、一般的な太陽同期軌道を選択します。この辺はやや難しいので説明は割愛します。とりあえず、軌道1周(地球1周)100分の内、65分は日照、35分は食と仮定します。
さて、iSat4の消費電力を見積もらなければなりません。衛星は、搭載コンポーネントの消費電力を全て算出し、その電力をまかなえるように太陽電池セルの面積(衛星サイズ)を決定します。
まず、iPhone4の消費電力見積もりです。事前情報でiPhone4のバッテリは5000mAh(ミリアンペア・アワー)であるようです。単位の通り、5000mA = 5Aを流し続けると1時間でバッテリーが終わってしまうという意味の容量となります。今回、iPhone4は、3G網、およびWi-Fi網は使いません(送信電力が小さく、地上に届かないため=圏外です)。一方で、衛星が様々な計算をするため、内部のCPU (A4になりますね)は結構常に動いていることになります。iPhone4の仕様ページから消費電力の見積もりをします。通話時間、インターネット利用は上記理由で関係ありません(3G, WiFiは使わない)、連続待ち受け時間も、ほとんどCPUが動かず寝ている状態ですので、これよりはiPhoneに軌道上で計算してもらう必要があります。ビデオ再生で10時間、オーディオ再生で40時間で、このあたりがキーですね。iPhone4の液晶はかなり消費電力を使うはずですが、軌道上で液晶は必要ありません。そうなるとビデオ再生よりは、電力が少ないはずです。一方でオーディオ再生よりはやや重い処理をするという仮定で、約20時間動作すると仮定します。バッテリーは5000mAhですので、これより、250mAで一定消費電流時に20時間駆動すると仮定できます。リチウムイオン二次電池を1セル(3.6 – 4.2V電圧)だと思われるため、3.8V平均とすると、3.8V x 0.25A = 0.95Wとなります。ここは概算でiPhoneは平均1Wの消費電力があると仮定します。
他に搭載物として、その2)で検討した、太陽センサと磁気トルカです。これは完全に大雑把に0.5W程度としてしまいます。また、地上からの制御指令(コマンド)を電波で受けるための受信機もいれなくてはいけません。これは0.3W位かな。
以上により、iSat4は常時平均1.8W程度の電力消費が必要な衛星であると見積もられます。このほかに”常時ではない”消費電力搭載物として、地上への”送信機”があります。カリフォルニアの森の写真をとって、その画像を内部のメモリに蓄えますが、その映像を地上に送らなければなりません。その為には送信機が必要です。iPhone4の地上利用では、撮った写真は、メールに添付なんてことができますが、宇宙では、3G網もWi-Fi網も使えないので、専用の送信機を搭載する必要があります。しかも地上300kmを飛ばさないといけないので、イメージとして東京から新潟の距離は最低飛ぶ送信パワーで送信しなければなりません。よって、送信機は常時ではないにしろ、10W位は最低必要です。人工衛星からデータを受信するアンテナが仮に日本にあるとした場合、iSat4が日本上空を通過する約10分間、送信機をONにしてメモリに蓄えた画像をダウンリンクします。今、Wi-Fiや3Gなどは数Mbpsというモーレツな回線スピードがでていますが、宇宙から10W程度の消費電力で送信する時は、せいぜい100kbpsです。とても遅いので、昔のダイアルアップモデム的なイメージで少しずつ画像が降りてくるイメージですね。
送信機は”常時”使わないので、まず常時使う1.8Wという見積もりから太陽電池セルの大きさを算出します。太陽定数という素敵な定数がありまして、地球近傍では、1366W/m2という値になっています。つまり地球近くの宇宙空間で、1平方メートルの板を太陽に向けたとき、その板全体で1366Wの太陽のエネルギーを受けられるというものです。この光エネルギーを電気エネルギーに変換するのが太陽電池セルなのですが、この変換効率がとても重要です。地上の屋根に載っているような太陽電池セルは、一般的なシリコンセルと呼ばれるもので、変換効率10%程度だと思います。つまり1平方メートルあたり1366W x 10% = 136Wということになります。人工衛星では最先端の太陽電池セルを用いることが一般的です(出来るだけ小さい面積で大きな電力を得るため)。シリコンではなく、トリプルジャンクションセルと呼ばれるガリウムやヒ素などを3重構造で重ねたようなセルを使うことで、30%を超えるセルを使うことが多くなってきました。iSat4でも衛星のサイズは小さくしたいので、トリジャン(こんな略語はない)を使うことにします。
軌道の日照・食の時間比とiSat4の消費電力からiSatが軌道で”生存できる”必要な電力が算出できます。考え方として、食の時は電力を発生できないので、食の間に使う消費電力分も日照時に発電してしまおうという考え方です。電池充電放電効率というのは、例えばバッテリに100W充電して100W取り出すことは不可能で、だいたい80%位の効率で、充放電できると見積もっています。また各所に電圧変換(レギュレート回路)がありますのでそこでもややロスして90%の変換効率と仮定しますと、iSat4の場合、日照時3.85W (黄色い帯の所)だけ電力が必要です。トリジャンの30%と太陽定数から、必要なセルの面積は、93.85cm2(平方センチ)(ピンクの帯)だと算出できます。そのセル面積が正方形とした場合、9.7cm (青帯)と算出できます。つまり約10cm平方の太陽電池セル(パドル・アレイ)があれば、iSat4は電力がまかなえる(電力収支が軌道1周で取れると表現します)ことがわかります。つまり10cmの立方体(キューブ型)の6面全面にセルを貼って、中にiPhone4が入っているような構造ですね。まさに私が学生時代に作ったCubeSat規格(10cm立方の衛星)のサイズになります。
ここで私が開発した学生時代の衛星の宣伝。CUTE-Iは、2003年6月30日に世界初学生完全手作り衛星です。7年近く経ってもまだ動いていて、後輩達により運用が続けられています。
1)CUTE-I :運用中
2)Cute-1.7 + APD (1号機):運用終了
その4) C&DH系を検討する。
C&DH系というのは、Command and Data Handling系といいまして、いわゆる衛星の頭脳(計算機)を司る系です。地上から送られてくるコマンドを解釈したり、先ほどの姿勢・決定制御系のアルゴリズムを計算し、カリフォルニア上空で森を目がけてシャッターを切り、その画像データを地上に送信するなど、全権を制御する系です。主にiPhone4内部で動くアプリで実現されます。iPhone4アプリは、iPhone SDKを用いてObjective C/C++ベースの言語で書くことになりそうですね。基本C言語なので開発はしやすいです。一方で、iPhone4を衛星のC&DH系として使う難しいところは、アプリをスリープを掛けずに常時動かし続けられるか?ということです。また後述するように宇宙では宇宙放射線の影響により、定期的にiPhoneがハングアップするので、ハングアップしたときに自己修復・リセットを掛けて再起動を掛け、再度制御アプリを起動しなければなりません。その辺りがちゃんと作り込めるかに掛かっています。
上記で紹介したCute-1.7 + APDという衛星は、内部にPDA(Windows CE搭載)を搭載しC&DHとして利用しました。おそらくWindowsCEを宇宙で動かしたのは世界初だと思います(笑)。マイクロソフトに最初に打ち上げるから支援してくれとメールしましたがフルシカトをされました。さて、WindowsCEでC&DHを作り上げるのも相当大変でした。やはりスリープが勝手に掛かったり、Windowsの勝手に動く常駐アプリなどで、衛星制御に重要なプロセスがブロックされたりと、四苦八苦しました。また、各センサとの接続はUSBを使っていたのですが、これも相当大変でした。地上のPCでマウスがおかしくなったらUSBを抜き指しすればいいですよね?衛星では打ち上げたら触れないのでそれができません。そこで、電気的なスイッチをUSBハブ回路に付けて、WindowsCEがハングアップしてUSBセンサへのアクセスがフリーズしたときはUSBハブのスイッチを切って、数秒後に入れるという、いわゆるマウスのUSBを抜き指しするような動作を、衛星内で自律的に行うような機能を実装しました。たとえば、そんな感じでiOS4 on iPhone4も高機能ですが宇宙で、ノンストップで動かし、更に宇宙放射線によって不定期にハングアップする環境でC&DHアプリを組み上げるのは相当に大変です。まぁ、その辺が面白いんですけどね。学生衛星やiSat4の様にiPhone4を載せてみるみたいなお馬鹿プロジェクトじゃない限り、こんなにOSもブラックボックス化されたデバイスはまず衛星では使いません。実際の衛星では、自分でCPUまわりの回路を設計し全てコードも書いて、宇宙放射線の耐故障性を確保するなど、もっと堅固なシステムになります。iPhone4をそのまま載せても、実運用面では大変だというイメージが伝われば幸いです。
その5) 通信系を検討する。
先に紹介してしまいましたが、カリフォルニアの森の写真を撮ってもその画像を地上にダウンリンクしないといけません。または衛星内に画像処理して火種を検出し、山火事だと判断し、その山火事だ~という情報だけダウンリンクするハイインテリジェンスな衛星でも良いかもしれません。とにかく宇宙で得た情報を地上と交信するために、衛星には送信機・受信機とアンテナが必要です。iPhone搭載の3G/WiFiは先述の通り送信電力が小さすぎて(逆に小さいので我々は無線の免許をとることなく使える)、軌道上から地上へ届きません。つまり、iPhone4と衛星内に搭載されている送信機・受信機とは何らかの方法で接続し、データを受け渡ししなければなりません。iPhone4のドックコネクタ経由で接続しても良いのですが、iPhoneSDKにドックコネクタ内のシリアル通信のプロトコルが公開されていない気がします(たぶん)。されていれば、またはAppleに頼み込んで公開してもらえれば、ドックコネクタ経由で送信機・受信機でデータのやりとりをすれば良いと思います。それがNGの場合は、Bluetoothです(笑)。10cm立方の小さい衛星内で内部機器同士がBluetoothでアクセスするのは技術的に可能です。Bluetooth経由ならAPIが公開されていると思うので(?)実現できると思います。一方で、Bluetoothも無線なのでここに無駄な電力が必要なのと、送信機・受信機側にiPhoneとアクセスするためだけのBluetoothモジュールを付けないといけないので、ドックコネクタ経由で有線で接続できるならそれに超したことはありません。
また通信系としては、無線機の他にアンテナもありますね。アンテナ設計が悪いとどんなに一生懸命電波を出していても地上に届きません。
その6) 構造系・熱制御系を検討する。(+環境試験)
この構造系・熱制御系を説明する前に、環境試験に関して紹介しなければなりません。iPhone4は世界中の”地上”で使われますから、きっと皆さんが満足してちゃんと動いてくれると思います。一方でこれを宇宙で使うにはいろいろな宇宙の環境に耐えられるか試験しなければなりません。iPhone4に限らず衛星に必要な環境試験を下に列挙してみます。
●振動試験・衝撃試験:ロケット打ち上げ時に掛かる振動・衝撃に衛星が壊れないか試験する。
●真空試験:ご存じの通り、宇宙(軌道上)は空気がありませんので、中に空気が入っているような部品が宇宙に行くと破裂してしまいます。真空でも壊れないか試験します。
●熱真空試験:宇宙の温度は3K(ケルビン)と言われます。つまり、-270度位です。とっても寒いです。とはいえ、地球近傍は太陽が上記の太陽定数のパワーだけ熱を加えてくれるので3Kほど過酷ではありません。地球のまわりを回る衛星は、日照時に+80度、食(地球の陰で太陽があたらない)時に-40度くらいになります。これを100分間間隔で繰り返します。暑くなって・寒くなって。この温度サイクルで衛星が壊れないか試験します。
●放射線試験:地球の周りを回る人工衛星には、宇宙放射線という極めてやっかいなものを浴びることになります。地上は大気がありますので、その影響は”ほとんど”ないのですが、衛星達は常に莫大な放射線を浴びています。最も支配的なのは、極域(北極・南極)上空で浴びる高いエネルギーを持ったプロトン(陽子)と、SAA (South Atlantic Anomaly)と呼ばれるブラジル付近上空での重イオンによるものです。こいつらが不定期に飛んできて衛星の電子回路にあたると様々な誤動作を起こします。
よく起こるものとしてSEE(Single Event Effect)と呼ばれる現象です。SEEには、主にSELとSEUなどが存在します。SEL(Single Event Latchup) 半導体内の寄生サイリスタとよばれる部分に荷電粒子が入り回路がショート(短絡)する現象。もう一つはSEU(Single Event Upset)と呼ばれ、メモリのビットが反転してしまうもの。0(ゼロ)と書き込まれていたメモリが反転して1になってしまいデータが変わったり、回路が誤動作するなど。宇宙放射線は太陽活動に依存して不定期に発生するので、いつ起こるかわかりません。衛星開発としては、実際に宇宙放射線を地上の施設で回路に当てて、放射線耐性を調べたり、仮に誤動作してもリセットを掛けて直るのか?、0と1が反転してもエラーチェックによってビット修正かけたりといろいろな対策をとります。
●アンテナ試験・通信試験:設計したアンテナ・通信機がちゃんと動作して数百~数千kmという距離をちゃんと通信できるかの試験です。この試験を行わないと衛星が打ち上がった後、生きているか死んでいるかもわかりません。
●長期運用試験:地上で衛星の軌道を模擬して、超時間動作させて衛星の動作に不具合がないかなどを確認する試験
以上の様な試験を重ねて衛星として完成度を高めいざ宇宙に打ち上がっていきます。
構造系は、振動試験・衝撃試験に関わるもので、iPhone4をしっかりと動かないように固定する構造設計、太陽電池セル(大変弱いもの)が振動で割れない設計などを行います。実際に、ロケットと同じ振動・衝撃を与える振動試験機というものを使って、物が壊れないか確認します。まぁ、iPhone4は、世界中のユーザーが不意に落っことして使い続けるので、衝撃試験はやる必要がありませんね。
熱制御系は、熱真空試験に関係します。iPhone4の動作保証温度は、0度~35度という温度範囲的に狭いものです。軌道上では、-40~+80度まで推移します。まず、冷蔵庫みたいな装置にいれて、iPhone4が実際には何度まで動くか確認します。動作保証範囲というのは少し狭めに公開していると思うので、iPhone4も-10~50度くらいは動くのではと思います。あとは-40~+80度までの範囲でも動く様に、もしかしたらiPhone4の周りに電熱線ヒーターを巻き付けて、寒くなったらヒーターを付ける(これはまた電力消費が大きいです)、暑くなったらヒートシンクやヒートパイプで熱を他に逃がすなど、衛星の全搭載物が軌道上の変化する温度下で壊れないかを設計するのが熱制御系です。
あと宇宙放射線に関してですが、iPhone4をそのまま宇宙に持っていったらおそらく1日数回はハングアップすると思います。上述のSEEは、荷電粒子が打ち込まれたときに誤動作を起こします。つまり最新のどんどん微細化している半導体プロセスほど宇宙放射線には弱いです。iPhone4の多大な機能をA4チップは全部まかなっているため、相当微細なプロセスになっているはずなのでモーレツに宇宙放射線で弱いと思われます。おそらく数時間で1回ハングアップするでしょう。ハングアップしたら、自分でリセットして回復する機能を付けなければなりません。その辺は詳しく書きませんが、宇宙放射線対策はいろいろノウハウがありまして、私の会社などはJAXAなどとは違うアプローチでいろいろ面白い対策をしています。宇宙放射線でモーレツに高いエネルギーを持ったものは、どんなに耐性が強い半導体でも少なからず誤動作・ハングアップします。問題はその際に自己修復してリセットをかけてまた動作を開始できるかに掛かっています。何度も言いますが衛星は打ち上げたら修理できません。自分で判断し、ハングアップしたら処理・頭脳が止まっているにも関わらず自分で何とか復活しなければならないのです。この辺が衛星開発の大変なところで、面白いところでもあり、ノウハウの固まりだったりします。また、先述しましたが、宇宙放射線は軌道高度が低いほど弱いため、iSat4の予定軌道300kmは、おそらく放射線耐性の弱いiPhone4には有利な軌道です。
その7)打ち上げ・運用
上記の様なプロセスで設計し、開発し、環境試験を重ねて衛星は出来て行きます。完成した衛星をロケットに搭載して、規定の軌道に打ち上げ切り離してもらいます。その瞬間にiPhone4搭載iSat4は、人工衛星になります。ニュースでは打ち上げで話題になりますが、衛星は切り離された瞬間からが勝負です。iSat4は、山火事がいつ起こるかビクビクして生活しているハリウッドセレブの為に、常時カリフォルニアの森を撮影し、火種を監視し、山火事の早期発見をしなければなりません。イメージとしては、1日数回、カリフォルニア上空を通る度に森の写真をとり、画像解析し火種を見つけたら地上に連絡します(送信機を介して地上のアンテナへ)。地上では、衛星から届いた早期火事情報を、カリフォルニア消防団に連絡し、火種の内に消火活動をしてもらいます。これで山火事を防げたら、セレブ達が喜んでお金を払ってもらうわけですな。また、衛星1機だとカリフォルニア上空を通るのは数時間に1回です。ビクビクしているセレブたちが、”常に森を監視して!”なんて要求を言ってきたら、同じiSat4をたくさん打ち上げて、常にカリフォルニア上空を1台は飛んでいるような配置にして、より迅速な早期山火事警報衛星群システムができあがります。
◆まとめ◆
今回、ハリウッドセレブ向け、早期山火事警戒衛星として、iPhone4搭載の衛星を超超超超雑に設計しました。実際にはこの数倍の検討や開発を重ねなければ全くお話になりません。また、通勤途中の電車の中でこの記事を書いているので、計算ミスやら、誤字・脱字があるかもしれません。とはいえ、我々衛星開発エンジニアがどんな感じで衛星を設計しているか?の雰囲気が伝われば幸いです。また、機能がふんだんに搭載されているiPhone4は、いろいろ工夫すれば、衛星の内部計算機として、”使えるかもしれない”という点も紹介できたかと思います。カメラにジャイロコンパスにA4という高性能チップに、衛星のかなりの要素をiPhone4は搭載しています。宇宙放射線や過酷な温度環境などそのままではまず使えませんが、魅力的なデバイスだと思います。