・世界中でエコが叫ばれる今
・(日本において)店頭販売よりネット通販の売り上げが上回った今
・食料自給率が限りなく落ち込んでいるにも関わらず、コンビニなどで賞味期限を越えた瞬間に廃棄している今
・中央、地方との格差が広がる一方の今
・核家族化が進み、いろいろな弊害が出ている今
・GDPにおける製造業が10%程度になり、サービス業がほとんどの業種になった今
・インターネットの普及により、単純情報伝達に物理的な距離が皆無になった今
こんな今だからこそ、人類として最も進化した”住み方”を考えてみました。具体的には、太陽電池セルと二次バッテリ、およびエネルギーの効率的な使い方(DC電源化など)を提案して、完全に自家発電、食料自給自足の1世帯モデルハウスを検討・算出し実現性を考えてみます。
大変な長文となりますので、このエントリーのきっかけの命題と結論を先に書いておきます。この結論に興味があれば結論の導出過程を読み進めていただければと思います。
命題:地球表面全体に太陽電池パネルを覆ったら、全エネルギーはまかなえるのか?1世帯に必要な電力を発生させるのに必要な太陽電池セル面積と、必要な農作物が採れる田畑の面積で日本の土地を再配分したらどうなるか?
結論:人類は、東京などの都会を離れ、お隣さんとの距離を52m離れたところに住めば、電力・食料を自給自足自家発電できる(日本の場合)
以下からその結論に達するまでの導入過程です。長いです。
今回は、日本の事例で考えます。環境問題は惑星単位(地球)で起こっていますから、本来は世界全体・人類全体で検討すべきですが、科学技術、経済状態、風土など私の知識が届く日本での事例で検討することにしました。検討項目の内容は下記の表で記載されておりますが、”左端列の番号”に従って解説していきます。
(1)EDMC/エネルギー・経済統計要覧の2006年度版より、日本の1世帯あたりの年間平均消費エネルギーは45.3GJ(ギガジュール) / 年ということです。これは、電気利用だけではなく、ガス・灯油を含む全エネルギーです。
(2)(1)が年間のエネルギーですから、これを”1秒”にすれば毎秒の1世帯あたりの消費エネルギーが算出できます。J/秒=W(ワット)ですから、随分感覚的に扱いやすい単位になりますね。これによると1世帯は平均で(毎秒)1436W消費しているようですね。ドライヤー1個が1500Wですから何となく少ない気がしますが、平均となるとこの位なのかもしれないですね。
(3)日本の世帯数は、4906万世帯あるようです(2005年度)。一人暮らしの世帯が増えている様です。
(4)太陽から地球に垂直に入射する太陽エネルギーです。1平方メートルあたり1366Wとなっており、非常に重要な値です。興味があれば、太陽定数 – wikipediaをご覧ください。
でん
(5)太陽定数ですが、このエネルギーは地球の大気の外のエネルギーであり、実際に地上まで到達するには、大気・天気などの影響で40%程度減衰してしまう様です。
(6)地球の半径です。6400km位です。
(7)日本の陸地の面積です。今回のブログでは、この日本の陸地全体に太陽電池セルを配備したらどうなるか?という命題から始まっています。
(8)太陽からのエネルギーがそのまま全て電気に変換できるわけではありません。太陽電池セルもその種類により変換効率が異なり、安価な民生用の太陽電池は効率10%程度です(つまり太陽光が100W入射したら10%の10W分だけ電力として取り出せる。残り90%は熱になる)。一方で私が人工衛星開発で使っている最先端の太陽電池セルは、変換効率30%強あります。しかし非常に高くてとても家庭の屋根には使えません。表では、以下、(左側)10%の民生用セルと、(右側)30%の人工衛星用(宇宙用)セルで比較してゆきます。
(9)仮に日本の全陸地(7)に太陽電池セルをびっしり配置したときの発生電力を計算してみます。莫大なエネルギーです。
(10)(9)の全日本の陸地から発生できる電気エネルギーを(3)の全世帯数で割ると、民生用セルで1世帯あたり631175Wで、(2)で求めた1世帯あたりの消費エネルギーの約500倍です。つまり、日本全土に太陽電池セルを配備すれば余るほど電力が発生し、電力の数値だけでみれば、発電所は必要ありません。
(11)太陽電池は太陽光で発電するため、夜では電力を取り出せません。完全に太陽光だけで家庭の電力を回そうとすると、昼間にバッテリの電力を蓄え、夜はそのバッテリから放電することを考えます。ここでは、24時間のうち太陽光が当たっている時間と、当たらない時間の比を求めています。24時間の内、8時間は日照、16時間は夜として概算しました。8:16 = 1:2。
(12)8時間の日照時間の内に、夜の16時間分の電力をバッテリに蓄えるわけですが、バッテリに蓄えて、また取り出すときにどうしてもロスがあり、100蓄えたら、100取り出せる分けではありません。バッテリはどんどん劣化しますのが、とりあえず60%くらいの効率としておきます。
(13)(2)、(11)、(12)を踏まえ、日照8時間で、日照時の消費電力はもちろん、夜の16時間分の電力をバッテリーで蓄える場合の必要電力を見積もりました。これにより、1世帯あたり、7182W発生できる太陽電池を用意し、昼間の8時間発電させれば、1日分(24時間)回せることがわかります。これは発電所からの送電はなく、完全に太陽電池セルだけで電力をまかなうものです。
(14)(13)で求めた電力を得るために必要な太陽電池セルの面積を、民生用、宇宙用セルで求めています。民生用セルですと87.63平方メートル。東京で考えると広めのマンションという感じの広さですね。
(15)(14)で求めた面積を、仮に正方形だと仮定した場合の1辺の長さです。民生用セルですと9.36mですので、約10m x 10mの太陽電池セルを用意すれば、家庭の電力はまかなえる様です。私としては意外と小さいなという印象です。このブログを書く前は、おそらく100m x 100mくらいの大きさが必要か?と予想していましたが、意外と現実的な(?)面積で驚きました(何か計算が間違っているかもしれませんが)
(16)以上で太陽エネルギーだけで、1世帯が消費するエネルギーを回せる”目処”はたちました。せっかくですので、エネルギーだけではない理想的な世帯モデルを検討してみます。ここでは、食料の自給自足を目指し、農業を考えます。宮下家の実家は米・野菜を田畑で作っており、肉・卵・牛乳・魚を除けばかなりの部分で自給自足はできています。電力も自家発電、食料も(できるだけ)自作すれば、エネルギーとともに食料問題(食料自給率の低下、フードマイレージ、多量廃棄、農薬・保存料問題など)を抜本的に解決できます。今回は宮下家の田畑の面積を参考に、とても概算ではありますが、必要な面積を算出し、2650平方メートルとしました。(おそらく平均4人程度の1世帯であればもっと小さな面積で十分なはずです)
(17)(16)で求めた田畑の面積と、(14)で求めた太陽電池セルの面積の和を求めています。太陽電池セルに比べて圧倒的に田畑が大きいので、民生用セルと宇宙用セルの面積差はほとんど関係なくなっています(笑)
(18)(17)で求めた面積が仮に正方形とした場合の一辺の長さです。これより1世帯あたり、52m x 52m程度の面積が必要で、その中に10m x 10m程度の太陽電池セルを屋根に備えた家屋とそれ以外は田畑という構成にすれば、電力・食料ともに1世帯が完全自給自足自家発電で生活できるようになります(肉・魚・牛乳などを除く)。まさに現代考えられる理想的な生活と言えます。このブログの最初で求めた結論の、”お隣さんとの距離は51m”というのはここから求められています。この結論に対して、さらに考察があるので後述します。
(19)概算ですが、現代の太陽電池セルの価格です。太陽電池セルの最近の需要拡大からますます低価格化が進むでしょう。宇宙用太陽電池セルは私がちょうど使っている人工衛星用の物で算出してみましたが、1kWあたり1500万円ですので、論外ですね・・。
(20)(14)で求めた1世帯あたりに必要な太陽電池セルの面積の太陽電池セルの価格を(19)を使って求めてみました。民生用が287万円で現実的な価格と言えます。宇宙用は1億円ですので、大変ですね・・。
(21)(20)で求めた太陽電池セルの価格は1世帯あたりのものです。これを日本の全世帯に作った場合の値段を計算しています。民生用セルで141兆円となります。この数値が日本の国家予算で何年間かに分けてでも払えますでしょうか?政治に詳しい人に考えてもらいたいです。リソース(原油・天然ガスなどの資源)が0に近い日本において、電力が各家庭の自家発電になったときのメリットは大変なものです。電力・ガス会社は倒産しますが、全世帯への設置となれば、その関係の仕事は多分にあると思います。
(22)、(23)、(24):(13)で求めた様に、太陽の当たらない夜間をバッテリでまかなうということでしたが、家庭の電力の夜間分(16時間分)のバッテリは大変に大容量の物になります。充電ができる二次バッテリとしては、リチウムイオン、エネループ、カーバッテリ用鉛蓄電池の値段を算出しています。しかしバッテリーには劣化があり、ハイブリッドカーが実はCO2削減になっていない要因の一つです。しかし日本には、スーパーキャパシタ、リチウムイオンキャパシタみたいな世界のトップを走っている蓄電技術があるのでこのあたりの高容量化が進めば劣化もなく世界が変わってくるでしょう。
(25)、(26)、(27):実際に必要な容量をリチウムイオン、エネループ、カーバッテリで価格比較をしました。小型・高性能のリチウムイオンやエネループですと、やはり高価となり1000万円をオーバーで、太陽電池よりも高くなっています。一方で、性能はイマイチですがカーバッテリー程度ですと、280万円と割と現実的な値ではあります。民生用太陽電池セルと、カーバッテリーの組み合わせだと、約580万円で完全自家発電が実現できそうですね。
(28)太陽電池セルが電力に変換できなかった部分は”熱”となります。民生用は10%の変換効率とすると、90%は熱になるわけで、その熱量を計算しています。この”熱”に関しては後述します。
■考察です。
このブログでは、過去に何度も”おかしなエコ”に関して述べています。基本的に今の地球環境問題に対して、人類が取っている行動は怪しいものが多く、本当にエコになっているのか疑問を持っています。今回、”1世帯あたりの消費エネルギー”から必要な発生電力量を算出し、その電力量を発生させるのに必要な太陽電池セルと、夜間を動作させるためのバッテリの見積もりを行いました。技術的・コスト的には可能な見通しが立ちますが、日本全体の世帯で行うためには、超大量な太陽電池セルとバッテリの製造が必要なり、材料が確保できるか、また、その製造から発生する温室効果ガスを考慮しなければなりません。仮に材料が確保でき、ガス発生に関しても、セルに切り替えた事で数年で回収できる見通しが立つなら、この完全自家発電に補助金でもつけてどんどん移行できればおもしろいと思います。他に優良な電源ソース・技術が見つかるかもしれませんが、ぼけっとしていても太陽からはこれだけエネルギーが注がれているわけですし、使わない手はないでしょう。発電所が将来撤廃できればおもしろいですね。
今回の見積もりはかなりワーストケース(過剰な)見積もりと言えます。今回の前提条件は、1世帯あたりの複合的な消費エネルギー(電力・燃料・ガスなど)を全て電力でまかなっている点でかなりワースト条件からスタートしています。今回の完全自家発電を目指す際に更に省エネ・小規模システムになる方法を何点か考えてみます。
(A)家庭の電化製品を直流電源にする
これは完全に素敵な方法です。そもそも、パソコン、テレビ、AV家電などはDC(直流)で動いています。家庭用コンセントから取り出せる電力はAC(交流)なので、いわゆるACアダプターなどを使ってAC -> DCの変換をほとんどの機器で行っています。変換はとにかくロス(電力欠損)が出ます(ACアダプターが熱いのは変換ロスして熱に変わってしまっているからです)。太陽電池セルから取り出せる電力は当然DCですので、そのDCのまま家電を動かせば非常に効率が良いわけです。不安定な太陽電池セルの発生DC電源で家電を安定化して動かす技術は、それこそ人工衛星の電源回路はそのあたりでノウハウがあります(大したことやっていないけど)。そういう意味で、家電をDCで動かせるDC入力を付けるべきだと思います。シャープは、DCエコハウスと題して、DC駆動による省電力を掲げたモデルハウスを発表しています。液晶テレビ”アクオス”もDCで動くモデルが存在しているようです。そもそも、なぜAC(交流)なのでしょうか?私が大好きなニコラテスラがそれこそAC(交流電源)の父となるわけですが、彼はエジソンの会社で働いていた時に、エジソンが当時こだわっていたDC駆動の物を全てACにしてしまい、エジソンに反感を買い解雇されています。当時の技術レベルを考えれば、電圧をトランスで簡単に変換できる交流は便利であったでしょうし、直流はトラブル時に完全遮断するのが難しい様ですし、ただエジソンが嫌いだったからACにこだわったのかもしれませんし、コンセントの形状で(アースを無視すれば)逆差しでも動作する安全性などを考えて、ACを推したのかもしれませんね。しかし時代は流れ、今や高性能のDC/DCコンバーターなどが発明されDCの電圧変換なんぞ簡単になってしまいました。また、発電所からの長距離伝送でも、直流の方が電圧が上げられる分(ルート2倍分)、効率は良さそうです。今更難しいかもしれませんが、世界がACからDCに切り替われば随分電力効率は上がります。DCコンセントの逆差しは即ショートですから危険ですが、それはコンセント形状を考えれば誤差しは簡単に防げそうです。現代の家庭用太陽電池では、発電したDCをACに変換して、コンセント形状を介して、またACからDCに変換して家電を動かしています。このDC -> AC -> DCで半分くらいロスしています。無駄です。
(B)太陽電池セルの”電力で取り出せなかった熱”を利用する
上記(28)でも計算しましたが、太陽電池セルが電力に変換しなかった分は全て熱になります。民生用セルの場合、提案した理想的モデルハウス1世帯あたり64000Wです。これはかなり強烈な熱量です。ドライヤーが1500Wですから、常にドライヤーを40台動作できる位、”余り熱”が出ています。熱は電気に比べ扱いが難しいですが、例えば太陽電池セルの裏面に水を通しておけば、水を暖めることは簡単にできます。その配管を床にもつなげておけば、床暖房になりますし、風呂を沸かしたり、夜入るように水をある程度まで温めておいたり、給湯に使ったりとかなり用途は多いはずです。
このグラフは、上記(1)の1世帯あたりのエネルギーの用途分布です。今回の計算は、これを全て含めたエネルギー量を”電力”でまかなうという計算をしましたが、実は電化製品は37%程度しかなく、給油・暖房で55%の割合を占めています。この2つは、わざわざ電気エネルギーを熱に変えてから扱う必要はなく、太陽電池セルの余り熱を使えば良いわけです。これで、上記(13)の必要な消費エネルギが劇的に減ります。そうなると太陽電池セルの必要面積も必要バッテリーも減るため、より今回のプロジェクトが現実味を帯びてきます。
上記の表は、電化製品37%の部分だけを必要エネルギーとして再計算したものです。太陽電池セル面積、バッテリー容量が減少し、値段が100万円台と一気に安くなってきています。さらに(A)のDC家電を充実させれば、もっと下がると思います。
(C)気化熱冷却をなんか考える
この辺は専門ではないので見通しが立ちませんが、太陽電池の電気を取り出せなかった余分熱で何かを蒸発させて一部の部屋を気化熱で冷やすとかできないでしょうか。余り”熱”なので暖房・給湯には使いやすいですがやはり冷やすのはなかなか難しいので良い方法を見つけたいものです。(とっくに良い物があるかもしれませんが)
(D)24時間営業を減らす。
夜活動するから24時間コンビニがあるわけで、24時間コンビニがあるから、夜出歩くわけです。夜は太陽電池が動きませんから、夜は寝ましょう(笑)
■まとめ
今回のブログでは、太陽電池セルと二次電池を用いて完全自家発電一世帯モデルが既に現実的であることを示しています。おそらくもう実践している人はいると思うくらい現実的なレベルです。さらに田畑も含め食料も自給自足を目指すことで、1世帯の中で電力も食料も外に頼らない理想的な生活ができそうです。この理想的な家は、現在の日本のリソース不足(原油問題)を根本から解決し、しかも電力発生に置ける温室効果ガスの発生は0です。太陽電池セルとバッテリの製造時の温室効果ガスのオーダー感がわかりませんが、おそらく数年で挽回できるなら”エコ”になりうる可能性があり、高度経済成長前レベルに抑えられる”かも”しれません。
算出された太陽電池セルの面積と、田畑の面積を考えると東京などの大都会では全く実現できません。東京はまもなく大地震も起きることも分かっています。というわけで、現実には難しいですが、人類として進化した生活を進むのであれば、東京から地方へ人を移動させるべきです。動物的勘で地震を予知することは人類にはできないわけですから、学術的に過去の地震を調べ地殻を調べて、同じ過ちをしないのが人類の進化です。私も含め地震が起こると分かっている東京に住むのはスマートではありません。今回の算出では1世帯あたり3000平米という膨大な土地が必要なので、全員がこの土地を持っているとはとても思えません。資本主義の現在、今更土地の所有をリセットして再分配は不可能でしょうから困りものです。土地はあの世に持って行けませんから、返してもらうとかできないですかね(笑)もともと地球のものですし。では次の戦争が起こったときに強制的にリセットでしょうか・・。どれも現実的はありません。人類として本当に進化を目指すなら、土地の利権よりも自家発電・自給自足ができる豊かな生活です。
仮に土地をお持ちのお金持ちが、どんどんこのモデルハウスを進めて頂ければ面白いと思います。お金持ちさんは次に名誉や子孫の事を考えるでしょうから、未来の人類の指針になるナウいモデルハウスをその資金力を持って示して頂きたいです(私の仕事ではおそらく無理です(笑))。現代の太陽電池はあくまで昼間だけ、そしてDC->AC->DCというロスが多いので、直流電源ベースの家・家電および、大容量バッテリーを導入した完全自家発電ハウスに挑戦していただきたいです。国はそのあたりには是非補助を付けて欲しいものです(既にあるのかな?)。
日本の茶番な政治を見て(私ももちろん含め)よく暴動が起きないなぁと思います。甘くて優しい国です。早くて10年後にはこの国の経済は破綻しているでしょうから、このままぐたぐたやっても、落ちるだけで上がりません。星レベルで考えたときに日本がどうこうという考え方も古いのですが、とりあえず日本をもう一度持ち上げるなら、今回の様な理想的なモデルハウスに全世帯がなるように挑戦すべきです。太陽電池セル技術、大容量で安価なバッテリ技術、DCコンセント規格の提案、土地分配(固定資産税・相続税まわり)など、政治が重点課題として動くべきです。仮のこのモデルで日本全世帯が実現できたら、もう一度最先端の本物のエコの国となり、注目されるでしょう。
地方格差が広がっていますが、今回のモデルでは、地方の方が圧倒的に有利です。昨年から今年に掛けて、遂にネット通販が店頭販売を超えたようです。つまり店頭で手にとっての買い物より、Amazonに代表されるネット通販の方が主流になってきました。というわけで、地方生活でも大丈夫です。どんなに僻地でも、家には米と野菜がありますし、Amazon先生が次の日に届けてくれます。
日本の資源(原油・天然ガス)は枯渇寸前ではなく、もともとありません。世界にそっぽ向かれて明日から原油輸出禁止となったら1ヶ月でこの国は終わります。というわけで、幸い日本の領土に降り注ぐ太陽エネルギーでなんとかまかなえそうなのでうまく利用したいものです。
私の実家は農家でして、18歳で大学の為に上京するまで、週末と言えば農業を手伝っていました。今はなかなか帰って手伝えていませんが農業は素敵だと思います。自分の食べるものを作っているわけですから、本来真っ先にしなければならないことで、その片鱗かもしれませんが18歳まで一通り経験できたことは、私の人生にとても役立つことが多いです。日本の農業は、米国などに比べて非合理的なものが多く、いわゆる無駄な動きや古い手法が多く、大幅に”手間”を軽減することができるとエンジニア的な観点では思います。一方で、その”無駄な手間”が”人生の無駄”になっていないのが、農業の魅力です。実際の私の親父も楽しそうにゆっくりと”手間を掛けて”農業をしています。大変ではありますが1年に1回米を収穫すれば良いわけで、その目標に向けて急がず、雨を降ったら本を読み、晴れたら農業というようなゆったりな生活でも全く問題ないわけです。もちろん出荷を目的としたビジネス農業の場合、そんな余裕な事は行っておられず、機械を導入して合理化を目指す必要があるかと思いますが、このブログの自給自足な1世帯モデルでは、ゆっくりやる農業で良いと思います。暑い日に塩だけもって畑に行き、その場でトマトを食べるのはおいしいですよ。私は宇宙工学に見切りを付けたら、農業に進もうとこの1,2年で思い始めました。このブログの自家発電・自給自足1世帯ハウスは、月・火星・木星の衛星など、将来人類が移り住む時の良いモデルとなるはずです。
核家族化は、世の中にいろいろな弊害を起こしている1つの要因だと思っています。共働きの親が、家を空けている時におじいさん、おばあさんに孫を預けられますし、何せ1回子育てをしているので、やはり何よりも子育ての先生です。兄夫婦は実家の隣に住んでいるので毎日甥っ子が実家に遊びに来ています。両親は孫が来るのが嬉しそうですし、兄の奥さんはその時だけでも少し休めたりと、いろいろメリットは多そうです。我々のおじいさん、おばあさん世代は本当に貴重な存在です。戦争を知っていますし、何よりもWord / Excelが無かった世代ですから、情報を残すツールは充実していなかった世代です(参考:人類は前進しているのか?)。つまり”伝え聞き”です。あの世代まで、日本古来の知恵・知識を伝え聞いてきているはずなので、話せば話すほど面白い話を聞けると思います。私も祖父に戦争の話を聞いたことがありますが、いわゆる戦争に一般人が巻き込まれる感覚など、歴史の結果しか書いていない教科書で得られない情報です。今回の自給自足の農業に関しては非常に知識・知恵が豊富な大先輩なのでいろいろ教えて頂きたいものです。
今回、日本国内だけで検討しましたが、本来は地球の”陸地”レベルの視点で考えるべき内容です。一方で、世界レベルのロジスティクスの過度な発達はいろいろ弊害を含んでいます。地産地消という様に、食料はその場で取れた物を、その旬の時に食べるのが無駄もなく、おいしくて、新鮮で安全です。電力も安価な常温超伝導でもできない限りあまり長距離を運ぶべきではありません。超伝導ができても、電柱・電線は地球の景観に美しくないのでやめるべきです。そういう意味で、まず日本のレベルでこの自給自足自家発電モデルが実現できれば世界に広めていけば良いと思います。
このブログを書いている内に、あまりに当たり前の事を書いている気がしてきました。上記に示した計算もエコの専門家はとっくに計算しているでしょうし、既に行動に動いていると思います。地球を1つの閉鎖系と考えたときにエントロピー増大の法則に従えば、人間が何もしない(もしくは全員が、今自殺する)のが最もエコなはずですが、動かない(自殺する)わけにも行かないので、どうせ動くなら一気に抜本的に動くべきだと思います。エコバッグと称して大量に店にあまっている無駄なバッグはエコではありません。人類として、持っている・考えられる最先端の技術を使った生活を目指したいものです。