米国ヨセミテの極めて美しいTime Lapse動画の紹介

ある一定の時間間隔(例えば1秒に1枚など)でシャッターを切り、その一枚一枚の写真から動画にすると、人間がリアルタイムで見るものとは異なった、ゆったりとした自然の時の流れを見ることができます。世界的にはTime Lapse動画、日本では微速度撮影動画などと呼ばれています。
この3年くらいで大流行し、そして技術(撮影技術、その際の三脚・移動技術、動画の編集技術)も確立してきて、非常に美しい作品が揃ってきました。

今回は、米国ヨセミテの美しい動画を見つけました。是非ご覧あれ。Time Lapse動画を見ていると、地球・宇宙の時間の経ち方に対して、人間のそれを観る時間って早過ぎるなぁと。むしろ早すぎて全然地球を”観て”いないと感じてしまいます。もっとゆっくりと観る目を持てば、地球(例えば地震など)とのつきあい方は変わってきますね。まぁ要するに海岸線には人は住まないでしょう。

動画へのリンク:http://vimeo.com/40802206

以前、このブログでも紹介した現在Time Lapse動画の頂点と思われる作品も、興味があればご覧ください。涙がでます。

素晴らしすぎて魂が震えた動画を紹介。米国アリゾナ・ユタのTime Lapse動画

 

実家のお盆のお墓参り。お盆さんのお出で(迎え盆)

さて、精霊棚の準備ができたので(参考:お盆の精霊棚準備過程。)、お盆さん(ご先祖さんを呼びに)お墓参りにみんなで出かけます。

いわゆる迎え盆ですね。ちなみに8月13日と決まっています


実家がお世話になっている真言宗のお寺。屋根をふき替えたばかりです。


これもお寺の一つの建物(名前忘れた)。急坂の階段を何十段か上って上がります。100数年経っているのでそろそろ修復だそうです。


(ウチのお墓の写真を公開するのは一応やめておいて)。お墓の前で去年実家で採れた藁を焚いてお線香をつけます。

実家の方ではこの時に、”盆さん、盆さん、この灯(あかり)でお出でなすってよー♪”と皆で歌います。

ここから、数十人にいるご先祖さんを、お墓参りに来たみんなで分担して家まで背負ってゆきます。


お寺にある六地蔵さんにもお線香を。ご先祖さんが背中に乗って来ていますので、これで家に帰ります。


全く写真をちゃんと撮っていないので、焼けた後なのですが、家について、家の入り口でも同じように藁を焚いて、同じように歌います。
ちゃんとお墓から家に着いてきているか、再度火を灯して呼ぶわけですね。

この後、精霊棚に皆でお線香を上げて、ご先祖さんを家に呼びます。これでお盆さんがお出でになったわけです。16日の送り盆までお盆さん(ご先祖さん)には家でゆっくりしてもらいます。

さて、私は諸事情により8月16日の送り盆は立ち会えませんでした。上記とは逆の順番で同じことを行い、お盆さんをお墓に送って行きます。
前記事で紹介した、茄子で作った牛に現世のいろいろな物を載せて送っていくわけですね。
藁を焚くときは、”盆さん、盆さん、この灯(あかり)でお帰りなすってよー”と、歌います。

私は毎年このようなお盆を過ごしているのですが、時代が変わりつつある今、経験されたことがない方も多いかもしれませんね。

お盆は、お盆さんが来ることだけではなく、本家に親戚達が集まり、近況などを酒でも飲みながら話あっている機会もとても大切で、お盆さんたちも子孫達の反映、成長を楽しみに見ているのでしょうね。こういう文化は大切にしたいものです。

お盆の精霊棚準備過程。

さて、実家のお盆の”精霊棚”の準備過程です。

お盆に関しては、以前調べブログの記事を書いています。”お盆”という行事について調べ感銘を受けた。”
この記事でも書いたように、お盆にご先祖さんたちを呼ぶために、精霊棚を用意します。

いろいろ地方・ご家庭でルールがあるかと思いますが、宮下家の準備の様子。


こたつを2つ使います。棚の足に。


押し入れの扉を外して、棚のテーブルに。


そんなとき2歳になったばかりの甥っ子が掃除を手伝ってくれています。


茣蓙を敷いて、


お位牌を置く台の用意。


掛け軸、盆提灯を引っかけるワイヤー。


掛け軸の1つ。空海さん。実家は、真言宗です。


お釈迦様なり、主要メンバーの掛け軸。


これはウチのお位牌たち。中心が祖母・祖父ですね。古いものは字を読むのも困難です。


先述の記事でも紹介しておりますが、馬と牛を表現した実家で採れた野菜たち。
馬は、ご先祖さんが少しでも速く帰ってきてくれるように。
牛は、お盆が終わってまた戻っていく時に、現世からたくさんのお土産を持って行ってもらうように。


びっくりしたのですが、最後全部飾り終わった正面写真を撮るのを忘れました(笑)
なので、斜めからのこの写真のみ・・・。棚の両サイドに盆提灯、後ろに掛け軸、棚にはお位牌、先ほどの馬・牛、お線香など、まぁこんな感じです。

会社のメンバーに聞いてもあまりお盆をやっていない様で、地方によっても違うのですかね?
私が存在しているのもご先祖さんたちのおかげですから1年に1度帰ってくる行事を大切にしたいものです(片付けは手伝えなかったのですが・・・)

 

まもなくCIRQUE DU SOLEILのパフォーマーとして夢を叶える後輩知人の紹介

東京ディズニーリゾートに入っている”ZED“というサーカス(といっていいのかな)をご存じでしょうか?
CMなどでも放映されていますが、カナダを本拠地とするサーカス集団”Cirque Du Soleil (=太陽のサーカスの意)”のサーカスの1つの演目が”ZED”になります。今年初めまでやっていたコルテオなど、世界中を旅しているチームと、ZEDをはじめその場所に固定されている常設と大きく二つに分かれ、世界中でその圧倒的なパフォーマンスを披露し、人々を感動させています。
他にも、キダム、サルティンバンコなど、過去に日本に来た演目をご存じの方も多いのではないでしょうか?

私はZEDをとりあえず8回見に行ったのですが、毎回、生死をかけた素晴らしいパフォーマンスに魅了され感動を頂いています。ミュージカル好きでもあるんですが、結局は一生懸命やっている人を生で見るのが好きなんだと思います。自分もがんばろうっていう気になりますし。

さて、そのシルクの1演目で、フロリダのディズニーワールドにある”La Nouba”に、なんと私のラボの後輩(つまり宇宙工学専攻の後輩)がパフォーマーとして選ばれ、まもなくデビュー致します。演目はなわとびを使ったペアの演技の様です。今年の4月頃からモントリオールで演技の研修(むしろ演技の想像と組み立てかな)を行っており、まもなくフロリダに移ってデビュー、つまり夢を叶えます。

ラボにはたくさんの後輩がいてみんな優秀な連中ですが、彼は少し異質で卒業後にエンジニアとして就職しながら、週末には縄跳びのパフォーマーとして努力し、全国各地でパフォーマンスをしていたようです。(多くのラボOBは宇宙開発系に就職しています)。その後、シルクの候補生に選ばれ、その後La Noubaに正式契約を結びました。勤めていた会社を辞め、シルクの世界に飛び込んだわけです。

彼のブログを紹介します。TONDARI-TOTTARI | nasa(funaki)の戯言

サラリーマンパフォーマー時代から、この4月からの研修期間まで随時更新されているので彼の努力と、シルクの裏側が垣間見られます。
特に今の研修期間は興味深く、衣装・メイクの裏側から、彼らに求められるパフォーマンスのプロ意識、演技構成の組み立て過程など、なかなかシルクに客として通っているだけでは分からないことばかりで面白いです。まだまだ自分でメイク(シルクは基本全員自分でメイクする)が苦手な様ですが、これも慣れては来るでしょう。

私も民間の人工衛星開発ベンチャーの起業など、かなり怪しいビジネスではありますが、好きな事を楽しくやっております。そう言う意味で、後輩funakiのシルクでのデビューは本当に素晴らしいと思いますし、心から応援しています。zedを8回見ている私からすればシルクの演技は、下手すれば命を落とす演目も多いです(実際に過去に亡くなったかたもいらっしゃるようですし)。是非怪我には気をつけて、最高のパフォーマンスを見せてもらいたいです。しかもLa Noubaのトップ演技らしく、相当緊張するんだろうなぁと思いますが、がんばってもらいたいですね。私もフロリダに足を運んでみようと思います。

皆様もフロリダに行く際には、是非足を運んであげてください。遠い東海岸でエンジニア出身の日本人が奮起しているはずです。またブログも面白いので、是非ご覧くださいな。

麻布から日本橋に引っ越しました。

3年半住んだ麻布から、日本橋に引っ越し致しました。

引越した理由として、
・事務的な面で9月中に引っ越したかった
・私の会社のオフィスは5月から千葉県柏市柏の葉というド田舎に引っ越しまして、麻布からの通勤が厳しすぎた(door2doorで1.5h)
・麻布に3年半住んだのでそろそろ引っ越したくなっていた(開拓もそれなりに進んだし)

こんな理由で引越を決意したわけで、とりあえずつくばエクスプレスの始発駅である秋葉原界隈(または自転車圏内)で賃貸マンションを探すことに致しました。私の様なベンチャーを起業している人間は、分譲マンションなんてとても査定が通りません。そもそも東京・関東圏に住むのもあと数年の予定なので査定云々の前に東京に家を買う意志もあまりない感じです。

そこで日本橋にした理由は

・秋葉原までチャリンコで10分である。秋葉にモロに住むと知人にいろいろ言われそうで・・。水を得た魚とかなんとか・・・。
日本橋は東京の中心である。東京の中心は、銀座でも六本木でも新宿・渋谷でもありません。高速道路などの道路標識で”東京”と書いてありますが、その東京とは、”日本橋”を指しています。江戸時代が大好きな私にとって、日本橋はちょっと惹かれる町でした。(実はちょっと両国とも悩んだのですが・・・)
・何かと買い物で使う銀座に5分で出られる。
・実家に帰るときに使う東京駅に5分で出られる。

まぁまぁこんな感じの理由で日本橋に引っ越し致しました。数日住み始めましたが、麻布とは全く違う雰囲気で、住宅街からオフィス街に来た感じです。もちろん麻布界隈にある高級レストランは少なそうですが、居酒屋、ファミレス、ファーストフード系が多い様です。昼間はスーツを着たサラリーマンばかりですね。

さて、日本橋の下を流れている川の名前をご存じでしょうか?ベタな蘊蓄ではありますが、”日本橋川”です。日本橋川は、神田川から分かれ隅田川に合流する川です。日本橋が架かる川だから日本橋川??じゃあ先に橋があったのかよと突っ込みどころ満載です。まさに卵が先かひよこが先かの話になりますが、そういう名前なので仕方がありません。”日の本(ひのもと)”=太陽が最初に上がってくる東に位置する国ということで、”日本”です。その日本の”橋”なのですから、日本橋には一度住んで見たかったと、引越が済んでから無理矢理理由を作っております(笑

麻布界隈は一度住んでみたかったので3年半の生活はとても楽しかったと思います。おかげでお店の開拓も進みましたし、何かと飲み会などの集まりは近所が多くて、交通の便はとても良かったと思います。3年半住んでのオススメのお店などは、別のブログ記事で紹介したいと思います。

引越自体は終わったのですが、あまりにオーディオ周りの荷物が多くてびびりました。アンプが5台あるので、これが何とも邪魔です。そこで、古いAVアンプを安くお譲り致します。ご興味のある方はご連絡ください。(まぁ、これだけ新品のAVアンプが安い時代ですから、必要ないかと思いますが・・)
marantz ps3001 : ゴールド 1万円

”お盆”という行事について調べ感銘を受けた。

お盆を、長野の実家で過ごしてきました。そういえば31回もチャンスがあったくせに、お盆の事をよく知らずに生きてきたことに気がつきました。
そこで、せっかくですのでお盆の事をについてウィキペディアで少し調べて見ることにしました。そんなこともしらねーのかと突っ込まれるかもしれませんが、31回目にして、もやっと知っていたお盆に対して、少し理解が進みました。

何せ知識源が、ウィキペディア+Googleの検索1ページ目以内ですので(笑)、大したものではありません。そこで、箇条書きでまとめることにより、このエントリー(記事)だけで概要が分かるように目指してみました。もちろん本当の起源に関しては諸説あるようで、私の誤解もある可能性を考えると内容を鵜呑みにするのはやや危険です。所々、リンクを張ってありますので、詳しくはリンク先を参照頂ければと思います。

サンスクリット語のullamvana[ウランバナ](=逆さ吊りの意)から、音写語として、”盂蘭盆会”(うらぼんえ)となった仏教的な行事が、日本に伝わって”お盆”になったものである。

・盂蘭盆会とは、お釈迦様の弟子にあたる、目連という人の”母親”が、餓鬼道(六道の1つ)に落ちた伝説”目連伝説”がベースとなったと言われ、インドの行事ではなく、中国に伝わった時にできたものらしい。ちなみに六道は、仏教において迷いのあるものが輪廻するという6つの世界の事。餓鬼道の他に、天道、人間道、修羅道、畜生道、地獄道がある。つまり餓鬼は地獄ではない。

・餓鬼道に落ちて喉が渇いて飢えた母親を、お釈迦様の教えに従って、安居(あんご)の時期に食料のお供えをすると母親に食事・水が届いたという伝説らしい。または、供養することで母親を救ったという話もあるらしい。

安吾(あんご)とは、僧が集まって一斉に修行する事、またはその時期を示すらしく、安吾の最終日は旧暦7月15日になるらしい。つまり、盂蘭盆会とは、”目連伝説”を受けて、父母や先祖の逆さ吊り(母親が餓鬼道に落ちた事から)など苦しみを、7月15日にお供えして、苦を救うという行事の様である。

・盂蘭盆会は、中国では、538年に行われたような記録があるらしい。日本では少し遅れて、606年に推古天皇が、657年に斎明天皇が行った記録が、日本書紀に残っているらしい。つまり大化の改新の頃には既にあった行事の様である。

・日本に伝わった時には、仏教の行事であった盂蘭盆会から、日本古来の信仰である古神道などと融合して、変化していったものらしい。

・日本では、古来より、旧暦の初春と初秋の満月に祖先の霊が子孫を訪れて交流するという行事があったらしい。初春の行事が正月になり、初秋の行事が、盂蘭盆会と融合してお盆になったという説があるらしい。ちなみに初秋の満月とは旧暦7月15日(旧盆)にあたる。つまり安吾(あんご)の最終日と一致する。

・七夕(たなばた):元々は、棚幡(たなばた)と書き、7月7日に故人を迎えるために、精霊”棚”(しょうりょうだな)を用意し、その棚に”幡”(はた)を備える行事で、旧暦7月”七”日の”夕”方に備えたことから、七夕(たなばた)というようになったらしい。おひりめ・ひこぼしの話の前に、お盆に関連する1つの行事だったらしい。今は8月15日の月遅れ盆が主流なので分離してしまった。ちなみに宮下家は、お盆の時に、精霊棚を用意します。

・旧暦7月10日は、釜蓋朔日(かまぶたついたち)といい、地獄の釜の蓋が開く日と言われていて、一般的にお盆の始まりの日とされているらしい。(一方で仏教的には旧暦7月1日~24日がお盆らしい)。釜蓋朔日は宮下家では行わないが、これは盂蘭盆会の影響なのだろうか?祖先が地獄から来ることが前提となっているのだろうか??盂蘭盆会は地獄ではなく、餓鬼道であり、この辺が日本に伝わって、いろいろ変化している様子が分かる。

・また祖先は、お墓に居ると一般的に考えられているが、一方で、”山”や”川”に居るという考え方があり、お盆前に山や川から里に通じる道の草刈りをして、故人が歩きやすくするという地方もあるらしい。(宮下家はおこなっていない。祖先も墓から来ると教えられている)

・旧暦7月13日に”迎え火”(むかえび)を行う。これは宮下家も墓参りをして、ワラを炊いて、”盆さん、盆さん、この灯りでおいでなすってよぉ~”と歌いながら祖先・先祖さんたちを呼びます。基本的にこの行事は多くの地方でやっているのではないでしょうか?この行事も良く調べてみると諸説あるようで、火を炊くのは、お墓ではなくて家で炊き、祖先が山・川から来るための目印とする。墓参りは、”お盆の時期は、祖先が家に居るので、墓を留守にしている。その留守の間にお墓を掃除してあげよう”という考え方もあるらしい。

・旧暦7月16日に”送り火”(おくりび)を行う。祖先が山・川へ帰ると考えられている地方は、五山送り(京都)や、灯籠流しなどで送ることもあるらしい。宮下家では、家の前で火を炊き、お墓で火を炊き、”盆さん、盆さん、この灯りでお帰りなすってよぉ~”と歌いながら送る。

・旧暦7月十五夜 または十六夜(いざよい)には、盆踊りを踊る。その名の通りの盆踊りなのであるが、これは地獄や餓鬼で苦しんでいる受苦を逃れた者達が、喜んで踊る姿を表していると言われる。もともとお盆は旧暦(天保歴など)をベースとしている。日本の現在の暦は、太陽暦をベースとしたグレゴリオ歴であり、1872年に日本で採用された。太陽暦は、その名の通り、太陽を地球が1年掛けて公転するのをベースとした暦である。一方でその前の旧暦は、太陰暦をベースとしていて、”月”を満ち欠けを基準とした暦である。つまり、7月15日 or 16日は必ず満月になり、盆踊りは、月明かりで夜通し踊れたらしい。この辺は大変おもしろい。(ちなみに天保歴は太陽の公転を考慮した太陰太陽暦である)

・宮下家では、お盆に精霊棚を作り、”茄子”と”きゅうり”に爪楊枝を4本指すことで足にして、トウモロコシの髭を尻尾に見立て、馬と牛のオブジェを作る。これは、正式名で”精霊馬”というものらしく、私は意味も知らずに備えていた。これもどうやら意味があり、”きゅうり”は、”馬”と見立てて、あの世から速く帰ってくる気持ちを込められており、”茄子”は”牛”と見たてて、少しでも長くこちらの世界にいるようにゆっくりと歩き、更にたくさんのお供えものを持って行けるようにという気持ちが込められているらしい。とても素晴らしい。

■最後に・・・・

今回、お盆を調べたことで、いろいろ目から鱗でした。旧暦の日付コントロールが本当に美しかったのに感動しましたし、31回意味も知らずにやっていたお盆の行動が、1つ1つちゃんと意味が込められている事に深い感銘を受けました。祖先を大切に敬うというのが、盂蘭盆会から始まるお盆の考え方ですが、私としては、この忙しい時代にお盆だけは、実家に帰り、両親に顔を見せ、親戚同士で1年の健康を確認するという意味でもお盆という行事は本当に素晴らしいものだと思っています。大切に伝えて行きたいものです。